雪原脳花

AIは夢を見たいと願うのか
Hatter
Hatter

06.23:vicenda #23

公開日時: 2021年10月6日(水) 08:10
文字数:2,825

 “変化 動揺#23”


 今回の件はベンヌ会長別宅に招かれた数名の著名人を狙った爆破テロということで表の世界には決着がついた。ヤーコンクスとしても裏口のやり取りを表の世界に公表するわけにもいかずそれほど取りざたはされなかったが、裏世界に波及したニュースはよほどにぎやかなものだった。何せ裏世界の権力者数名が一夜にしていなくなったわけだから蜂の巣をつついた騒ぎだった。裏社会の権力闘争、ヤーコンクスの新たなバランス争い、ベンヌの新会長の派閥争い、名だたる世界の悪人たちを一掃するための作戦だったとか、表裏世界の戦争の幕開けなどと噂が噂を呼び、しばらく話題に事欠かないほど裏世界でもそこへ通じる諜報機関の世界でも話は溢れかえったがそのどこにも、闇の王の名も、姿も出てくることはなかった。その場に来ていたことさえも最初からなかったことのように消えてしまっていた。そしてジムとブライアンには、待機と言う名の暇が言い渡されていた。ジムはバーで安酒を注文すると煙草を吸いながら、ぼんやりとそこにあるテレビに流れるニュースを見て過ごしていた。



 センターの研究員がバレットを呼び出したときにはすでにバイタルは完全なフラットの状態だった。一度止まったフレッドの心臓は、ウィリアムズが必死の蘇生を試みたものの、二度と動くことはなかった。

「死んだのなら仕方が無い。宿主ではなく、SAIが生きていればいい。Eから遊離させる【5】の新しい宿主の返品リストも来ている。FはSAI【6】の回収後、解剖に回せ。貴重なサンプルだ」

バレットの頬を、ウィリアムズが激しく平手打ちしバレットは床に転がった。

 エリックから取り出された脳髄は培養液の中からこちらをうかがっているようだった。正確に言えば脳髄と共生しているAI【5】が人間たちの様子を見ているようだった。時折、雪の結晶を思わせるフラクタルな模様を青く光らせ浮かび上がらせていた。

「SAIそのものは目視できないが、活動が活発化すると発光する特性がある。こうして連鎖状のコロニーを形成しているときは見えるんだ」

バレットの補佐として昇格を言い渡され同僚に差をつけたと上機嫌だった研究員が、廊下で出会った新人の研究員にSAIを紹介していた。

新しく配属されたらしい白衣を着た美人は芸術作品として作られたアンドロイドにも似て中性的で長く伸びた髪が美しく好みだと思った。何かと自然だの共存だの人間性だのとうるさく昇進の邪魔だった同僚のウィリアムズなんかより部下につけるならよほどいい。バレットを殴って降格させられたウィリアムズを蔑んで使ってやるのもいいが。

「きれい。雪の結晶みたい」

研究員のどす黒い感情などお構いなしに、新人はSAIの発光を眺めていた。

「意外だな。ここへ来るなら君、相当優秀なんだろう。そんな君でも物質の反応に過ぎない現象を、自然の現象になぞらえたり、美しいだなんて形容したりするんだな」

「人間だったらおかしくない反応でしょう」

 美しく笑う顔に引き込まれて、男はおもねるように言葉を重ねた。

「そうだね。我々は自我や美意識をもつ人間だからね。SAI(これ)とは違う。SAIに意識はないんだ。あくまで脳の補助AIだから。こいつだって優秀なAIだが宿主の脳が死ねばそれでおしまい。次の宿主が来たらそいつとまた共生を始め、またAZとして成長する」

「SAIは意識をもたない?」

「変化、成長はしても進化はしない。SAIは生命ではなくただのAIだよ。プログラムの集合でその入れ物に無機物の代わりに有機物を使っているに過ぎない。その辺にあるコンピューターと理論上は代わりがないよ。脳と言うハードウェアに入れ、ネットの海に泳がす代わりに、人の世に放っているだけ」

「いつだってその時代の常識を凌駕して生き延びてきたのが生命なんだけどね」

「なに?」

「なんでもない」

男の問いには答えず「またね」と言って培養ポッドに手を触れると新人は先に出口に向かって歩き始めた。二人がドアを出ると部屋の照明は消えSAIのフラクタルな発光が闇の中に浮かんだ。

「どこへ行くんだい? 良かったら僕と食事でも……」

「外へ。呼ばれているから」

新人は待っていたエレベータに乗り込む。

「外? ちょ、待って。僕、外に行くなら上着を……そういえば君、名前は? 僕はさっき言ったかもしれないけど……」

「名前はまだないの」

そういって新人は笑い、エレベーターのドアは閉ざされた。




 

「おいで双子たち。契約の履行だ。迎えに来たよ」




 

 俺は大佐に呼ばれ実験部隊としての任務は突然幕をおろした。俺とブライアンは解放されるともきいた。解散だと。俺とブライアンには突然選択の日が訪れた。大佐が俺に聞きたいことはあるかと尋ねたので俺は一言だけ。吼えた。最後にパナガリスに会あった時、パナガリスは噂ですが、と前おいて俺にこう言った。エリックを追うように死んだフレッドが忽然と消えたと。ブライアンとは猟犬の話を4人でしたときのホンキー・トンクで解散の話を最後に会っていない。




 俺はモバイルのささやかなコール音に起こされ、車で病院に向かった。

 夜明けの空を眺めながら待つ俺のところに看護師がやってきた。案内されたきらきらと光る部屋の中で、キャシーが笑っていた。その横には小さな人間がいる。キャシーにキスをして促されるままおそろしく小さな手をなでてみると、その指が俺の指をつかんだ。

お前のこの小さな手にギフトは届いたのか。子供に望んだのは、健康であること。それ以上のギフトはオーダーしなかった。

 こんなにも小さい手で、すぐに折れてしまいそうな指で、それでも俺の指をつかむ力は思っていたよりもずっと強くて。たいして見えてもいないだろう目で俺の顔を見る。これからお前はその目でこの世界を見ていくんだな。

あいつらの目には、何が映っていたんだろう。

エリック、フレッド、お前たちにはどんな世界が、何が見えていたんだ。

「ジム……?」

俺は俺が記憶する人生の中で初めて涙が頬を伝う感覚をしった。小さな手を落ちた涙がぬらすと指は離れていった。

「……すまない」

キャシーは俺の涙に驚き、そしてつられて泣き、周りの看護師たちはうれし泣きだと勝手に勘違いして笑っている。

俺は初めて、涙は止まらないものだと知った。



双子はどうやって生まれたのだろう。

SAIはなんのために作り出され、その理論はどこから来てどこに消えた。

SAIのためのAZ。

そしてAZはGATERSの始まりだと聞いた。

彼らがいなければGATERSはいなかった。今の世界はなかった。


始まりは、A(はじまり)はどこだ。

見えない世界の始まりはどこにいる。

 

“ジム。何がききたい?”


あの声が蘇る。

ああ。あるさ。ききたいことが。A(おまえ)に会って尋ねたいことが。

俺はこの世界の始まり(おまえ)を見つけて聞きたいことがある。




表でもなく裏でもなく、闇でもなく光でもなく、生きてもなく死んでもいない。

世界の境界にいるおまえを

俺は必ずみつけてやる。








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