雪原脳花

AIは夢を見たいと願うのか
Hatter
Hatter

05.06.07:jour #7

公開日時: 2021年9月3日(金) 08:10
文字数:2,906

”昼 日の光#7”


「君は、ぞっとした経験、ある? 背筋が凍るってやつ。そういう時って、背後や周囲に何も居て欲しくないはずじゃない?恐いから。そう思うのに、やたらに気配を感じたりしない?」

「・・・・・・」

「君には難しい話かなぁ。僕はね、あるんだ。ぞっとしたことが」


 ウィステリアはフォークをおもちゃにしながらジムを見つめていたが、ふふっと笑うと話を続けた。


「運び込まれた死体は、どれもこれも損壊が激しく、ぐちゃぐちゃだったよ。と言っても、爆殺で粉砕されてるわけでもなければ、爆傷もなくて。だから、まあ、検死する前に腕とか足とか首とか、大きなパーツはデータ照合しながらパズルが出来た。そんな何十人もの人間のパーツが運び込まれてさ。でも、僕が、ぞっとしたのはそんな肉塊を見た時じゃない。その時僕は探していたんだよね。運び込まれる前の連絡で、事故があったと聞いて、その日、その場に居たはずの人間を。パーツの中に、彼の一部が混ざってないか、せっせと人体パズルを組み立てた。そして、たった1つだけ、一人分の、組み立てる必要のない死体を見つけた時。他のと違って、引き裂かれず、叩き潰されず、食い荒らされた後もなく、ただ頭を銃でぐしゃぐしゃにされただけの普通に死んでいる遺体を見た時だよ。ぞっとしたのは」


 ウィステリアは、そこで言葉を切ると静かにジムを見た。見つめられたジムは、初めて正面に座る男の顔をまじまじと眺めた。自分が映る瞳は、深い森の緑と明るい新緑が混じるようなめずらしい色合いに見え、それが光の加減かどうかはわからなかった。痩身に酔狂な格好すがた、緩いウェーブのかかった金髪にチェシャネコさながらの口。年齢としは自分と然程変わらない、と言っても、ジムは自分の正確な年齢を知らなかったが、ように思う。


 違和感を感じる、そうジムは思った。


 不思議な部屋に招き入れ、人の脳を勝手にぶん回して現実世界から強引に変人世界へ放り込み、一人で好き勝手に騒いだかと思えば打って変わって静かな森の中へ引き込もうとする。そんな変人ペースに飲まれている為に感じる違和感かとも思ったが、ジムは納得していなかった。


「人類の英知の結晶のような脳は、見るも無残に銃で粉砕されてたってわけ。なんとも拍子抜けで、皮肉な結果でしょ。人間よりもよっぽど神に近い男を殺したのが、得体の知れない何かでも、魔法の弾丸でもなく、ただの鉛の弾丸だなんて」

「得たいの知れない何か?」


 ジムは頭の奥で、記憶が展開され始めるのを感じた。


「そう。あの時何が起きたのか、それは未だにわかってない。事件発生時の生存者0、第1突入部隊生存者0、第2部隊が中に入った時、そこにはもう人間だったパーツと、一揃いの死体が1つしか残って無かった。あれだけの惨状が起きたのに、誰も、何も状況を把握出来ず、目撃者もいなければ、監視カメラの映像も音声も、何もかもが空っぽブランク。付近の調査、捜索も勿論行われたけど、それらしいものは何も引っ掛からなかった。元々、人里離れた地域だったしね。だから、事件の報告者は、科学的調査結果を記載した上で、原因の特定、結論には誰も至る事ができず、憶測と推論の中で、ビーストだの、得体の知れない何かスナークが暴れたようだ。悪魔や怪物の仕業にしか思えないとか、そんなことばかりの報告書の山だった」

「あんたはどう思ってるんだ」

「僕? 僕も、得体の知れない何かスナーク・・・・・・そうだなぁ、怒り狂った何かバンダースナッチとか、見てはいけない何かブージャムがいたと思ってるよ」

「意外だな」

「そお? そう思うんなら、もっと意外そうな顔、してごらんよ。ほらほら」

「触るな」

「いったーい!! ひどいなぁ、もう!!」


 ジムは顔に向かった伸びてきたウィステリアの手を軽くはたいて叩き落とした。


「根拠は? あんたが、根拠もなしにドラゴンだ何だと言うようには思えない」


 涙目で手の甲をさすっていたウィステリアは、また瞬時に表情を変えた。


「誉めてるね? 僕のこと」

「誉めてない」


ジムはロンをうまく扱うブライアンの忠告を思い出していた。こういう時は、相手が望む言葉を口に出せば言いだけだと。己の納得などどこかに置いておいて、ただ、言葉を音にして出せばいいだけだと。


 ・・・・・・任務しごとでもないのに、やってられるか。


 ブライアンの忠告より、己の納得を優先したことに、ジムはこの後しばらく後悔した。


「それにしても、ドラゴンなんて、ジム、君は随分ロマンチストだね? ほんと、可愛いねえ」


 ジムは再び後悔した。

 しばらくジムをいじっていたウィステリアだが、満足したのか茶葉を変えて淹れた紅茶を飲むと話にようやく戻った。


「だって僕、聞いたから。はじめの子の最後の言葉を。生存者0って言うけど、人じゃないものは戻って来たんだよ。第1部隊が突入する時、まだ火の手が勢いよく上がっていた現場に、試験段階だったAZが1体投入された。Aはとても優秀な子でね。知能と判断力がずば抜けて高かったし、身体能力、情報収集能力、戦闘力も高かった。理想的な兵士って言えるかな。何せ、空っぽだったから」


 ウィステリアは手に持ったカップを軽く揺らして、その紅茶の波紋を眺める。揺られて紅茶の香りがジムのところまで漂ってきた。


「第2部隊が引き上げる時に、あの子は無事に戻って来て回収され、こっちに送られてきた。僕は連絡を受け皮肉な死体に戸惑いながら、運ばれて来たAのところに走って行った。Aは、めずらしくものすごく消耗していて活動限界だとわかったから、すぐに救命室で処置を始めたよ。目立った外傷はないもののバイタルが安定しない上に、SAIも落ち着かない。めずらしいんだよ? Aに寄生しているSAIがそんなに興奮するなんて。自己の無い、いつも虚ろな目をしている子だったから “1” も随分と静かなSAIだった」


ジムはSAIにナンバーが振られていることを初めて知った。


「AZとSAIは対で、SAIにも個体番号ナンバーがあるのか」


「そうそう。SAIにはそれぞれ特性があって、1から番号が振られている。Aと1が対と言うように。Eには5、Fには6。だからだいぶ違うでしょ? エリックとフレッドは情報収集能力は同等に非常に高いレベルにあるけど、その他に、エリックは判断力、格闘、武器を扱う能力と言った戦闘力も高い。でも、フレッドにはそれがない。だけどフレッドの獲物に対する嗅覚は、ずば抜けているでしょ? そういう特性がそれぞれあるんだ」


 紅茶を口に運び、ウィステリアは「話を元に戻すけど」と、言った。


「何とかAと1を落ち着かせて一息つこうとした時、Aが初めて僕を見たんだ。いつも何も誰も映してない瞳が、はっきりと僕を見ていた。僕は柄にもなく動けなくなり、そんな僕の腕を掴んで引き寄せ、耳元でこう言ったんだよ」


『僕は聴いた。希望の声を。僕は見た。怒りの姿を。それは、随分とよく成長した。君は見てはいけないよ。君は、何が聞きたい?』


 ウィステリアは、ジムの瞳を見ながら少し間をおいて目を細めると「これが、僕があの子を見た最後。この後すぐに、収集した現場のデータを引き出す為、バレットが連れて行ったんだけど、消えちゃったんだ。忽然と」そう言って、紅茶を飲み干し、空になったカップをソーサに戻した。




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