雪原脳花

AIは夢を見たいと願うのか
Hatter
Hatter

lamentazione #1

公開日時: 2022年3月2日(水) 08:10
文字数:2,159

嘆きの歌 #1

 薄暗い照明の下で、兄妹はいつもと変わらぬ粗末な朝食をとっていた。老朽化の進んだこの建物、薄汚れたこの部屋には不釣合いのテレビからテロのニュースが流れていた。妹のキャロルはこのテレビが盗品だと知っていたが、兄が一人でいることの多い自分のために用意してくれたのだということも理解していた。

「お兄ちゃん、代理母とかGATERSゲーターズってなに?」

 キャロルは皿にこびりついたコーンフレークをスプーンではがしながら尋ねた。

「贈り物をもらって生まれてきた人間だとさ。代理母ってのは、金持ちから金もらって、その贈り物を受け取る人間を産む女」

「なんでテロの標的にされるの?」

 グレンは妹が見ているニュースに顔を向けた。アナウンサーが難しい単語を時々使うので、もう随分と長いこと学校に行っていない自分にはこまかいことはよくわからないが、ようするに、ムカつく奴にムカついた奴が、自分の腹に爆弾を巻きつけてそのまま突っ込んだらしいということはわかった。世の中がなんでそんなことになっているかなんて知るよしもないが、ムカつく奴が殺されたってことはわかった。それに自分たちには到底関係のない話だということもわかる。なぜなら自分も妹も、親から贈り物なんてものは一切もらっていない。むしろ自分の稼ぎを横取りするような大人たちしか周りにはいない。

「ずりぃからだろ。生まれる前から特別な宝物もらってるなんてさ。ずるいと思わないか? 金持ちなんてみんなずりぃ奴らなんだ。俺たちからサクシュして、そんでいい生活したり、贈り物をこどもに送ったりしてんだ」グレンは妹に兄らしいところを見せようと、昨日、グループの年長者が使っていた「サクシュ」という言葉をそのまま使ってみた。意味は、かっぱらってくみたいな感じだと思う。

「うーん。どんな宝物なのかなぁ」

「お前のクラスにも一人か二人はいるだろ。ゲーターズ」

「わかんない」

「ちょっと金持ってて、顔とかスタイルはまぁまぁ良くて、んで、性格は多分悪いんだぜ」

「アンニみたいな? でも、アンニは性格悪くないよ」

「アンニってやつはしらねえけど。世の中にはな、もうゲーターズはたくさんいるんだってよ。生まれる前から贈り物おくってもらえるようなずりぃ奴らがさ。たくさんいるんだってよ」

「ふぅん。じゃあ、代理母って悪いの?」

 グレンは代理母のことは、金持ちから金をもらって男と寝てそいつの子供を産む女としか思っていなかった。それじゃ、ママと変わらねえか。妹に自分たちの母親と同じようなもんだと説明する気もなく、詳しく説明するのも面倒くさくなったグレンは「さあな」と言ってチャンネルを変えた。こちらの局では、最近はやりのテロ事件のほかに、ゾンビやアンデッドが実在したと早口のアナウンサーが自分にもわかる単語ばかり連発して喋っていた。さっきのニュースキャスターよりバカっぽく見えるがよっぽど親しみやすかった。アナウンサーはテロ現場なのか犯罪現場なのか不鮮明な映像の中に「死んでるはずなのに動いてる人間」「死体置き場モルグから這い出てきた死体」「撃たれても襲撃し続ける犯人たち」「驚きゾンビ映像」の投稿動画にいちいち「Oh my God!」と叫びながら、スタジオと繋がっている自称有識者、ちょっと詳しいやつら、と話を続けている。グレンにはよっぽどこっちの方が面白かった。

「ゾンビいたらあたし、やだな」

 舐めるように皿をきれにしたキャロルは、食器をシンクに置くと学校へ行く準備を始めた。

「いるわけねーから心配すんなって。ゾンビよりマフィアやカルト連中の方がよっぽど怖ぇって。いいかキャロル、あの裏通り、廃墟教会には近付くなよ」

 使われなくなった教会に最近カルト集団が集まって夜な夜な変な儀式をしているとか、実は新手のマフィアグループなんじゃないかとか、グレンが時折出入りするグループの中で最近噂になっている場所だった。

「行かないって、怖いもん。お兄ちゃんも行かないでよ。アタシ、知ってるよ。ちょっと離れてるけど、お兄ちゃんあそこの近くに時々行くでしょ。なにしに行ってるの?」

 キャロルはランチ用にと兄がどこかでくすねてきたパンをバックパックに詰め込み玄関に向かった。

「なにしにって……あそこで歌、うたってるアジア人がいてさ。結構いい曲うたってるから、めぐんでやってんだよ、小銭をよ。ほら、貧しいものには与えよーとか、カミサマも言ってるだろ。俺、リーダーだろ? だから弱者に施しを、だよ。だいたい俺は大丈夫に決まってる、手下もいるんだしよ」グループで一番の底辺、下っ端の数に入るか入らないかのようなステータスであることは妹には言っていない。妹にだけはカッコいい兄でいたかった。世界の全てが自分を蔑んでも、妹だけにはカッコいいと思われていたかった。

「ふーん。でも気を付けてね」

 妹がドアを開けると冷たい空気がいきおいよく部屋へと入り込んできた。「さむっ!」と声を上げてドアの前で足をじたばたさせる妹に「これもってけよ」とグレンは玄関先においてあった自分のマフラーを妹の首にかけてやった。白い息をはきながら「ありがと」と言って階段を下りていくキャロルに手を振る。その姿が見えなくなると、すりきれたジャージのままではもう我慢の限界だとばかりに慌ててグレンはドアを閉めて部屋へと戻った。


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