雪原脳花

AIは夢を見たいと願うのか
Hatter
Hatter

05.03:stringendo #3

公開日時: 2021年8月21日(土) 08:10
文字数:4,259

”だんだん速度をはやく#3”


 身じろぎひとつしないロンを椅子に座らせると、ホリーは鼻歌混じりで自席に置いてあるティーボトルを取って戻って来た。

 いつも通り、とは言ってもその色は日々変わり、またその全てが奇妙な色をしていることは、彼女以外、チームの七不思議のひとつであり、ロンが表現するには、ポップでサイケデリック、そしてアバンギャルドなダダイズム的飲料で、アバンギャルドメタルやポストメタルにぴったりだそうだが、無論、ロンの話はジムやブライアンの理解は遼遠であり、謎の飲料については、ジムは口にしたことも、したいと思ったことも当然なく、ブライアンに至っては、ホリーのその茶(?)を飲まされるぐらいなら、粗悪な苦丁茶を1時間煮込んだ汁を飲む! と必死の形相で叫んだ。

 叫んだ先にいた双子は、キョトンとしたのち、寸分の狂いなく同時に吹き出し大笑いした。そして、口から先に生まれただろうと想像に難くないロンは、延々と茶(?)について語ってはいたものの、その実飲んだことがあるのかは定かではない。

 その奇妙な色の液体の隣にホリーはスモアを2つ程紙皿に載せると、ティーボトルのふたをカップにして筆舌し難い色の、ホリーだけが、“茶”と呼ぶ、茶(?)を注いだ。

 これもまた不思議なことだが、注がれた茶(?)からは周りの嗅覚を破壊するような臭いは漂わない。やはりこれもいつもの事だが、果たしてあれを飲むのか、そうだよな、わざわざ飲むために持って来たのだろうし、注いでもいる、と何故だか毎回、内心確認せずにはいられないジムは、自分のカップにある液体の色を眺めて頷くと、タブレットを宙空投影モードにしてミーティングテーブルの中央に置いた。

 空中にタブレットのディスプレイ内容が表示され、片手に持ったシンプルな色のコーヒーを溢さないよう、幾分注意しながらジムは空中で指を振り、渡されたばかりの今回の作戦ファイルを開いていった。


「始めるぞ。そして始めに言っておく。今回俺とブライアンは待機だ。お前たちの指揮を取れない。」

「異議あり!」


 ジムの前置きに、畑に放置された案山子のようにぐったりとしていたロンが、驚くほどの素早さで手を挙げた。その動きについていけなかった関節の悲鳴は、皆、聴こえない事にした。


「我々の指揮官はジム、あなたです!この俺が粗相をしでかし、ホリーに迷惑を掛けた時はどうしたらいいんですか?!」

「どうって言ってもなぁ……」


 何でもないことのように話しを続けようとするジムに、目を開かないロンは尚も続ける。


「隊長!」

「ホリー……もう、許してやれよ……」


 またしても砂糖を大量にカップに入れてから席についたブライアンが、案山子かかしの横に座るホリーを宥めた。


「許すもなにも。何もありませんよ。だからこうやって同席してるじゃないですか」


 案山子の腕を掴み上げ、ホリーは盛大に振り回しながら答えた。ロンの体がガクガクと揺れるその衝撃の中、ロンが突然カッと目を見開いた。だがロンが状況を把握する前に、目覚めた事に気付いたホリーが手を放した為、ロンはそのまま机に顔を打ち付けた。強かに鳴った音に、ブライアンは顔を顰め、ジムは小さく溜息を吐いた。


「いってぇ……俺にいったい何が……目の前が真っ暗だ……誰か……俺に手を……ああ……河が見える……」

「ロン、まず顔を上げたらどうだ」


 支離滅裂とした言葉を、滾々と机に呟き始めるロンにジムが声を掛ける。


「ああ……どこからともなく隊長の声が聴こえる……」

「いや。お前のすぐ脇だ」

「隊長!」


 ジムの回答に、ロンはガバリと上体を起こした。


「今、河がそこに……白い霧が立ち込める向こうに大きな河が横たわっていて、対岸には人のような化け物のような影が……」

「お前を呼んでたのか?」


 コーヒーを啜りながら、ブライアンが尋ねると、ようやくロンは我に返りブライアンと、ジムの姿を認めたらしい。


「いえ。お前は来るなって拒絶されたっす」

「地獄にも居場所がないなんて、笑える」


 間髪いれずに、ホリーがアハハと笑い声を上げた。


「ホリー! てめぇ! お前のせいだろが!」

「私は職場を清潔に保つことについて話し合っただけで、勝手に倒れたり転んだりしてたのはアンタでしょう」

「誰が一人で転ぶか! ボケか? 認知か? てめぇの腕力認識しやがれ、このバカ力!」

「私の認識で言えば、アンタがただ単に非力で、銃とネットが無ければ役立たずってこと!」

「お前に比べたらニシローランドゴリラもホッキョクグマも非力だ!!」


 ジムは、毛を逆立ててやりあう二人と、それを激甘な、ジムとしてはこちらも遠慮したい、コーヒー(?)を啜りながら、まぁまぁと割って入るブライアンを眺めた。


 今日も俺たちは通常運転だ。後は双子を座席に乗せればいい。

 ジムは1人頷くと、特殊情報作戦本部、白兎中佐自慢の作戦の説明を続けた。


 国際代理母会議がヤーコンクス共和国で開かれるのに合わせて、あるパーティが開催される。表向きは、世界的に需要が急騰した代理母の、地位向上の為に創設された基金のチャリティパーティ。ここへ会議に訪れた各国の要人を招く。主催者は、ヤーコンクスを代表し、世界シェアを持つ製薬会社ベンヌ。


「ベンヌか……」


 ブライアンが、苦虫を噛み潰したように呟いたのには訳があった。ヤーコンクス共和国は世界トップクラスの科学技術力を持つだけでなく、国を挙げてその力を貴重な収入源として活用してきた。その窓口の一つがベンヌ製薬会社だが、その扉は世界に向けて表門だけでなく、裏門バックドアも深く開かれている。これは、ジムたちにとっては、伝説でもましてや都市伝説の類でも何でもなく、いたって普通の話しだった。


「そうだ。会場はあの、ベンヌのパーティ」

「鏡の中か、箪笥の奥でもパーティが開かれるってことっすか」


 ホリーから席を離して痛む顎をさすりながら、それでもロンは口を開く。自分たちが、表のパーティに呼ばれることなど無いことは百も承知だった。ジムは頷くと、説明を続けた。


「ベンヌは自国で開催される世界会議と言う千載一遇のチャンスに、表のパーティの裏側で、表裏のVIPたち相手に新商品のお披露目を行うつもりだ」

「そこへ集まる奴らの情報を獲ろうってのか?厄介だな。あそこの闇は深いぞ。放ったコインの音はまず聞こえてこない。不可侵で暗黙裡のレイヤー、暗黙領だからな。なんだってそんなところにちょっかい出すことにしたんだ?それともヤーコンクスと戦争でもするつもりか?」

「表裏のVIPデータを新規取得、或いは更新することも目的だろうが、今迄に無い賓客を迎えるつもりらしい」

「賓客?」


 ブライアンはジムを見た。


「今回の相手だ」


 ジムは宙で手を軽く振ると、魔法使い宜しく、ファイルからチートキャラたる闇の王をミーティングテーブルの上へ召喚した。

 確認するまでもないが、ジムは本物の魔法使いではない。また、火柱が上がって魔法陣からの派手な登場や、異次元異世界から、次元と空間そして理屈、屁理屈を問わずに問答無用の穴を開け、不思議な色彩が広がるどこからか、何者かがよっこらしょと跨ぎ出て来たわけでもない。ミーティングテーブルの上には、ただ数字で構成された3次元データである1人の男が浮かび上がっているに過ぎない。

 はずなのに。

 その微笑みとさえ見て取れるような完璧な表情に見下ろされ、既に多少の現実離れを起こしていた謎の液体やら糖尿病加速液やら轢死マシュマロは、音を立てることも許されず、リアルの最果てに吹き飛ばされた。辛うじて留まったジムのブラックコーヒーは白く凍結し、色彩を失った。いつもの、“普通”は、何事もなく開かれたファイルのデータによって、いともたやすく凍りつき、その場は一瞬にして冷たく緊迫した空気で満たされた。

 王は実体を伴うこともせず、ジムたちに与えられた質素な部屋を、真っ白な、リアルを超えた幻想世界ヴァーチャルの王の謁見の間に変えてしまった。

 闇の王、いや、闇そのものと言っていい王の間が、凍りついた世界とはいえ真っ白とは、皮肉にも程がある。ジムは鼻白んだが、リチャード・ダークが纏う空気さえもデータ化したなら、その部署を、技術を、讃えてやりたい気がした。出来ることなら、こんな幻想ヴァーチャルチートキャラの姿、形、空気や雰囲気のデジタル化ではなく、この世リアルの音をデジタル化してほしい。


 音の持つ空気の振動そのものを完璧にデータ化し再現してくれないかな。

 そうすりゃ、ライブで聴いたあの音が、欠損無くライブ生きてに聴こえるはずだろう?

 嗚呼、あの時の音、もう一度聴きたい。


 3人より先に、王の登場衝撃受領済みのジムは、我ながら、と思いながらも、現実と逃避の間辺りで、どうでも良いことを考えていた。

そうでもしないと、王の前に引き出された罪人のような、“胸の辺りがざわつく感じ” を意識してしまいそうだった。


「おいおい……マジか……? なんてこったい」


 召喚された男の姿を見たブライアンは、凍った白い息でも吐き出しそうに腹から呻き、椅子の背に大きく身体を預け天を仰いだ。


「……」

King of Imaginary虚数王、実在するんすか……」


 唖然と。王の視線で氷の彫刻に変えられそうな三人を見て、ジムは狭間をうろつくことをやめ、改めて宙に浮く男を眺める。冷たい琥珀の虹彩は、闇に光る月。どこかで見上げた天上の銀盤を思いだす。どこまでも追って来る月に耳鳴りがして、自分まで凍らされてしまいそうな錯覚を覚え、この瞳に自分を映してはいけない、そんな気にすらなる。


 ファンタジーは伝染するのか?

 収拾のつかない妄想すら浮かんで来る始末だ。

 ジムは妄想を掻き消すと同時に、宙を払い、王を机の上から消し去った。


「そうだ。上は、この王を招聘するつもりらしい」

「招聘って、そもそもこの王が実在するって確証があるんすか?」

「中佐はただの人間だ、と言っていたぞ」

「人間? 中佐ウサギは自分が人間だとでも思ってるんですかねぇ」


 ロンはさも面白そうに喉の奥を鳴らした。


「だいたい、そんな簡単に出て来やしないだろう。王様は」

「だからとびきりの新商品が必要と言う訳だ」


 ジムの言葉に、ブライアンは合点が言ったのか、深くため息を吐き出した。


「エリックとフレッドか」

「そうだ」

「新商品の信憑性を高める為にも、ヤーコンクスとベンヌは最適だと考えたんだろう」


 消した男の代わりに、ジムは別のフォルダを開き、いくつかのデータを宙に展開させた。

 いつも通り作戦ファイルにたいした情報は含まれていない。それでも、ヤーコンクス共和国とベンヌ製薬会社の資料は出てきた。何とも有難いことに、画像付きだ。




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