”昼 日の光#1”
双子と別れたあの日から数日が経ったが、一向に迎えの指示はなく、また、フレッドを死の淵に追いやってまで急がせた “貴重な情報” を活かした作戦命令書もジムたちの元に届けられることは無かった。
あの日の翌日、時間までに提出した報告書は受領済みとなった後、しばらくしてから細かいパナガリスの添削付きで返って来た。ただこれは、あくまで軽微な誤字脱字文法間違いの添削結果として以後気を付けるようにと、改めての提出は不要と記されていた。
幸いにして、それ以外、それ以降も最悪の事態を知らせる連絡も来なかった。
4人はそれぞれ双子の様子を気にはしていたが、こちらから何を言っても “待機” としか返答されないことは火を見るよりも明らかなこともまた経験済みで、ジムは煙草を咥えながら銃やナイフの手入れをして過ごした。時折、Zeppelinの曲(♪M#1)を気ままに繋げて無意識に口ずさんでいたが、あの声が頭から離れることはなかった。
あらかた武器の手入れも済ませてしまったジムは、オリジナルZeppelinメドレーもそろそろネタ切れかと、ラストを締める曲にうまく繋げられないままハミングを繰り返していたが、中途半端にフェードアウトさせて口を閉じ、ふと思い出したように別室にしまいこんだ箱を探しに行くことにした。
ジムが離れた部屋では3人がせっせと日本製のチョコ卵を割っていた。
「この大量の卵、どーすんだよ」
「殻は俺が食う」
「中身はどーするんすか。かぶった奴、腐る程いるでしょ」
ロンが、無数の卵から生まれたミュージシャンが居並ぶホリーのデスクを眺めて遠い目をする。
「あんたが売って飲み代を作る」
「何で俺?! って言うか、いくらアメイジングマツムラの造型だったとしてもシークレットやレアキャラ以外、売れるかよ」
「そこは、何とかしなさいよ」
「なるか!」
「なるぞー。なるなる。ロン、お前ならなる。見てみろ、お前の素晴らしいコレクションを。あれを集めるお前の手腕があれば、ポールやリンゴの10人や20人、軽く捌けるはずだ」
ブライアンは、ロンの扱いに長けていた。
ロンはブライアンに促され、自作した地球模型にずらりと並べた自慢のチョコ卵動物シリーズの理想世界と、ジムに泣いて強請ったキャビネットの空きスペースに格納されたラチェット機構と軸回転を組み合わせたアクションフィギュアシリーズ、そして3種類の樹脂素材加工成型品によって硬質感・可動・柔軟性を併せ持つフィギュアシリーズ、いずれも日本製のスペシャルマイコレクションたちに目を輝かせた。
「ああ。俺って、すごい……天才……」
「あーすごいすごい。すごいぞー。だからさっさとダブリを売って、金、回収して来い」
「お任せあれ!」
そう言ってロンは椅子をシャーシャーと滑らせながら去って行った。
ブライアンはロンを目で追いながら、見向きもしないホリーに「アメイジング…・・・Amazing Grace(♪M#2)、いい曲だよなぁ。俺、好きなんだよ」とこぼし、コホンと小さく咳払いをしたところを「歌わないで下さいね」ぴしゃりとはねつけられた。
ロンが自作PC “タッチーフッチー” と、自作プログラム “タッチーフッチーZ” いずれもロンが神と崇めるところから名付けた(ロンは勿論多神教である)相棒と共に遺憾無くネット世界での実力を発揮し販売ルートを確立して2人の元へ戻って来ても、ホリーは謎な茶(?)を机に置き、もくもくと卵の殻を剥いていた。
机の上のスピーカからは、何故か、Judy Collins(♪M#3)に続いて、Il Divo(♪M#4)のAmaging Graceが立て続けに流れている。
ホリーの背中を見つめ、ロンは溜息一つ、手に持っていたお気に入りのエナジードリンクを飲み干した。
「なぁホリー」
「・・・・・・何?」
「忘れちまってるかもしれないんだぜ」
「・・・・・・だから?」
「だからっ このウミガメの産卵並みの卵が無駄になるっつーか、お前の思い入れが・・・・・・」
「だから?」
振り返ったホリーに身構えるロンだったが意外にもホリーの顔に怒りはなく、黒縁眼鏡を隔てた瞳は真剣そのものだった。
「あいつら、根っからの音楽オタクだぞ。ギークなお前に似て」
ブライアンが本日何十個目かのチョコ卵の殻を、チョコ卵を割り入れて作ったカフェモカでさも美味そうに飲み込んだ。
「やめてください。この変態に似てるとか」
「バカ。俺のどこが変態だ。ブライアンは、俺が出来るやつだと言ってるんだ。俺のハッキングに敵うやつはいないと」
「微塵も言ってない」
「1ピコも言ってない。ただ俺は、あいつらが例えこのチョコ卵のミュージシャンフィギュアを集めていたことを忘れちまっても、オタクのこだわり、音楽への執着と言うか固着と言うか粘着的性質は、そうそう消えないんじゃないかと思ってな。だから、忘れたとしてもこれ見たら思い出すかもしれないだろ? いくら体が人間で、脳をSAIでコントロールしてるからって、性質の根っこまで消えちまうとは思えないんだよな。ロン、お前を見てると特に」
「執着、固着、粘着・・・・・・やっぱり・・・・・・誉めてるじゃないっすか」
「「・・・・・・」」
ブライアンとホリーはある種の尊い何かしらを見る目でロンを見た。
「バカは死んでも治らないって事ですね」
「そうだ」
輝く光の世界へ独り旅立ったロンを無視して、二人はまた卵を割る作業に没頭した。
「ところで、ホリー」
「はい」
「確か、今日も届くんだよな、卵。・・・・・・何個届くんだ?」
「1グロス(12×12)です」
「1グロスーーーー!? バカはお前だホリー!」
「1グロス・・・・・・」
ぎゃんぎゃん騒ぎ始めた二人をよそに、ブライアンは冬支度のリスよろしく、冷蔵庫にチョコ殻をしまうスペースを作らなければと考えていた。
「何が届くんだ?」
「産卵間近のチョコウミガメっすよ!!」
「そうか」
騒々しい脇を抜け、箱を手にしたジムは自席について箱を眺めた。自分の生きてきた記録はたったこの小さな箱の中に全て納まっている。それも大して入ってない。
ジムは咥えていた煙草の最後の一口を吸い、火種は勿論、灰も臭いも全てを吸収する円筒型のゴミ箱に捨てると、箱を開きその中身をひとつ取り出した。
バッテリが切れた古いレコーダをデスクの上の端末に置くと、通電を示すバッテリマークが点灯しディスプレイにレコーダの中身、日付順に並んだリストが表示された。
ジムは新しい煙草に火をつけ、机上に放られていたRHAのイヤモニを耳に入れると、その最後のデータをタップした。
数人の笑い声が聴こえる。自分の声も混じっている。
しばらくすると旋律が、ギターの音が聴こえて来た。心地良い調べに深く吸い込んだ煙を吐き出し、椅子の背にもたれる。その音色は同じ旋律を繰り返し響かせていたが、何回目かのループでふと止まった。
『・・・・・・そこで終わりか?』
過去の自分もそう思ったんだろう。一瞬沈黙して、演奏者に問いかけている。
『未だ、曲の最後が出来て無いんだよ』
そう言って旧友は苦笑いを浮かべていた。
ジムはその終わりの無い曲を何度か巻き戻しては聴き、どんなエンディングなら良いのかと思いつくままに鼻歌にのせてみた。だが、どれも今一つしっくりこない中、これはと思いついた会心の旋律はブライアンの呼ぶ声で霧散した。
「ジム。届け物だ」
「・・・・・・ウミガメか?」
「招待状だ。お前宛のな」
「俺宛?」
「当然、そうだ。それからお前には、少佐の呼び出しも来ているようだぞ?」
ジムは生まれて初めて自分宛の、しかも、紙製の招待状を受け取った。
このご時世に紙とはね・・・・・・。裏の差出人の名を見なくてもわかる。こんなことをする酔狂な変人は、この前の飴玉男しか知らない。いっそ煙草の火で燃やしてやろうかと思ったが、名前の下には達筆な文字で “招待を受けろ” そしてご丁寧にレスター大佐のサインが記されていた。
ジムは深い溜息をつき煙草に手を伸ばしたが、その目の前にブライアンがタブレットを差し出した。タブレットには確かにパナガリス少佐からの呼び出しが、到着迄の残り時間とともにポップアップされていた。
ジムはちらりと横目でブライアンを見ると、ブライアンは黙って頷き、申し訳なさそうな顔をした。
ジムはもう何も言わず、溜息もつかず、すっくと立ち上がると「行って来る」とだけ言い残して、大またで部屋を後にした。
廊下でジムは、荷物搬送用ロボットが “ワレモノ注意” とベタベタと貼られ、その上から検閲済のスタンプが幾つも押された箱を持ち、迷うことなく後にして来た部屋へ向かうのを見た。ちらりと視界に入った荷札には “・・・秋葉原ラジオ会館5F・・・Japan” の文字が見えた。
♪M#1:Led Zeppelin(レッド・ツェッペリン )
1968年に『LED ZEPPELIN(レッド・ツェッペリン I)』でデビューしたイギリスのロックバンド。
♪M#2:Amazing Grace(アメイジング・グレイス)
イギリスの牧師ジョン・ニュートン 作詞の賛美歌。
♪M#3:Judy Collins(ジュディ・コリンズ)
グラミー賞受賞歴を持つ60年以上のキャリアを持つアメリカのシンガーソングライター。
♪M#4:Il Divo(イル・ディーヴォ)
2004年に『Il Divo(イル・ディーヴォ)』でデビューした4人組のヴォーカル・グループ。
4人それぞれの出身国が違う多国籍グループ。
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