利秋は、
そんな山本の背中に向かい
「山本…俺が勝ったなんて
思って無いよ。
高校の時に
クラスの皆んなに馴染めないでさ、
一人で教室の隅で
ソワソワして居る
俺に声を掛けてくれて、
皆んなの輪の中に
入れてくれてさ、
お昼ご飯を
一緒に食べてくれて、
勉強も教えてくれて。
俺、自分に対して
自信が持てるように
成ったのは山本、
全て
お前のお陰なんだ。
もう、
毎日が楽しくて嬉しくて、
本当に、
高校を卒業したく無くて、
俺にとっては
夢の三年間だったんだよ、
どれだけ感謝しているか、
山本…
あの時は本当に
ありがとう」
そう呟きながら深々と頭を下げた。
シマモトは利秋の肩を抱き寄せ
「受けた恩を忘れない人って、
良いですね、
側から見て居ても
実に清々しいです」
受けた恩は数え切れない程ある。
「田口、やれば出来るじゃないか!」
山本の励ましの言葉に
何度救われたことか。
利秋が涙をぬぐうと
シマモトは
「利さん…今日はこれくらいにして
今から
家族の所に行ってあげて
ください」
シマモトは、
利秋の気持ちを
落ちつかす意味も含めて、
今日はいったん
別れる事にした。
《 10…色々な思いがありまして 》
次の日、
二人は喋りながら丘の上まで来ると
ベンチに腰を下ろし、
眼下に広がる
住宅街を見つめていた。
利秋は何となく
(あいも変わらず人が
ほとんど歩いてないねぇ…)
と思いながら
「シマさん、
私が家族の元に行くように、
他の人達も家族を見守りに行って
るんでしょうね」
と言った。
シマモトは利秋の顔を見つめ、
「えっ?急にどうしたんですか」
「いえ…何となくそう思って」
すると、
何時もなら端的に
答えを出してくれるシマモトが、
なぜか言葉を選びながら
「そうですね…
始めの内は皆んな、
家族の元に
頻繁に行くんですけどね…
なんと言えばいいのか、
家族の中に
自分の名前が
段々と出なく成るんですよ。
そりゃそうですよね、
皆んな現実社会の中で、
毎日を必死になって
生きているんですもんね。
年に一回、
お盆の時に思い出して
貰えるだけでも
有り難いですよね。
だから、
皆んなが皆んな、
家族の元に
帰って居る訳では無いんですよ」
利秋は頷きながら
(その通りだよね、
淋しいけれど、
いずれ自分も、
その中に入るんだよね…)
そう思っている時に、
心地よい風が頬を撫ぜてくれた。
利秋は思わず
「へぇ…この世にも風は吹くんだ」
と、呟くと、シマモトは
「利さん…気持ちの良い風でしょ」
「そうですね…」
「この風は、
誰かが「この世」を去る時に
吹く風なんですよ、
気持ちの整理がついた人が
『よし!生まれ変わって、
自分のドラマを演じてみるか!
バッドエンドにならない様に
頑張るぞ!』
そんなふうに
決意をしながらね」
「そう何ですか」
「今から29年ほど前にね、
村さんと、
菊さんって言う
友達が居たんですよ。
明るくて、
陽気な二人でしてね、
ほぼ毎日、
呑んだり、唄ったり、
お喋りしていました。
でもある時、
村さんが急に
「シマさん、俺、
息子の所に生まれ変わって来るよ。
なんか女房がさ、
息子1人に、
自分の生活を背負わせてるんだ。
娘達は
「あんた長男なんだから、
当たり前でしょ、頑張りなさいよ」
みたいな…
俺、さんざん、
好き勝手な事をして来てね、
息子に自転車の一台も
買ってやった事がなくて、
だから
息子の子供に成って、
少しでも
生活を助けてやりたいんだ」
そう言って思いつめてました。
私としては
村さんを
引き止める理由なんて
何もなくて。
寂しかったですけど、
菊さんと2人で
村さんを見送りました。
それから4年後、
今度は菊さんが
娘の所に生まれ変わるって
言い出して、
菊さんの口癖は、
奥さんと
生まれ変わっても夫婦に
成るんだって何時も言ってました。
23年間、
ほぼ毎日のように家族の元に
行ってましたね。
娘さんと
息子さんが居ましてね、
『シマさん、俺さ
娘の結婚式に
紋付羽織袴で行って来たんだ!
柱の影から顔を出したら、
娘が気が付いてくれてさ、
綺麗だったなぁ…
義理の息子に成る人は
カバみたいな顔だったけど、
とても優しそうな男性だった』
菊さんは
とっても口が悪い人でね。
その後に
『孫が産まれた、
俺は
おじいちゃんに成った』
『孫が幼稚園に通い出した』
もう嬉しそうに
聞かせてくれるんですよ。
ところが、
娘さんが二人目の赤ちゃんを
お腹に宿した時
『シマさん俺、生まれ変わるよ』
って突然言い出して、
「どうしたの」
って尋ねたら
『女房が娘に、お金がないから
何とかして欲しいって、
頻繁に言ってるんだ、
もう娘はサラ金から
お金を借りて、
70万ほどしか借りて無いけど
利子が膨れて
700万ほど借りてる事に成っている。
実は、
娘はバイトを2つ掛け持ちしながら、
自分の力で
高校を卒業してさ、
その後も
社会人に成った娘の
給料のほとんどを、
女房が生活費に
取り上げていたんだよ。
バカ息子は自分も働いているくせに、
母親と姉に物をねだって、
バカ女房はバカ息子を
溺愛していて、
娘のお腹に
二人目の赤ちゃんが
居るのに
お金を貸して欲しいって、
今まで一度も返した事が
ないくせに!
もうバカ女房には、ガッカリしたよ!』
『菊さん、何で娘さんは
そこまで母親と弟さんを
護っているんですかね?』
『俺のせいなんですよ…
死ぬ間際に、
わずか11歳の娘に、
お母さんと弟を頼むなって、
頼んでしまったんです。
性格の優しい娘は、
俺との約束を守る為に
必死に働いて
俺…本当にバカな事を言いました』
『あぁ…菊さん、
優しい子ほど
親の遺言に苦しむんですよ』
『そんな訳でシマさん、
俺…生まれ変わって娘を
護ってくるわ!』
そう言って菊さん、
この世を去って行きました」
「シマさん、なんだか切ない話ですね」
「そうですねぇ…
死んでいる私達は、
生きている家族に対して
何もしてやれませんからね。
利さん、
此処までは普通の話し。
今から言う事は
少し特別な話です。
実は
個人差は有るんですけど、
強く思いを寄せると
生きている人に言葉をかけたり
触ったりする事が出来るんです!
例えば先ほど話した
菊さん、
実は娘さんが
就職が全然決まらずに、
とうとう思い余って、
電車に飛び込もうとした時が
有ったそうなんです。
その時、
菊さんは後ろから
娘さんの腕を掴んで
『負けるな!』って
睨んだそうです。
娘さんには父親の顔が、
腕を掴まれた感触が、
ハッキリと分かった様です。
また娘さんが
二人目をお腹に宿して
いる時、尻餅をつきそうになって、
菊さんは後ろから
娘さんを抱きかかえて
「ほら、気をつけないと!」
って言ったら、
娘さんが
『ありがとう、お父ちゃん!』
そう言ってくれたと
喜んでました。
実は、
菊さんにそのやり方を教え
たのは私なんです」
利秋は目を丸くしながら
「そんな事が出来るなんて…
凄いですね」
「利さんもコツを覚えれば
出来る様に成ります!
私が教えます。
少しずつ練習しませんか?
と言うか、
ぜひ利さんにも
その力を開花して貰いたいんです」
「私なんかで…良いのですか?」
「私が利さんを、
この人なら大丈夫だと
直感したんです!
そして、
此処からは
お願いなんですが、
私みたいな御節介な奴に
成って貰えませんか?」
「えっ?私がシマさんと」
「難しい事じゃないんですよ、
ただ、迷っている方に
上の世界はコチラですよって
声を掛ける。
其れだけで良いんです。
私と一緒に
動いて貰えませんか?
ダメですか?…」
利秋は今、
シマモトに困惑した様な顔を見せている。
しかし、
心の中では
シマモトから頼られている事が
嬉しくてしょうがない。
亡くなる前の自分は、
何となく
目には見えない
疎外感を抱いていたのだ。
年齢的なものか?
体力的なものか?
人間的に未熟者だったのか?
社会からも家族からも
いつの間にか
頼りにされなく成り、
注意をされたり、
叱られたりする事の連続で…
自尊心なんて言うものは、
もう、
ズタズタのボロボロで、
そんな自分が今、
シマモトに手伝って欲しいと、
頼って貰えたのだ。
(俺がシマさんの役に立てるのか?)
答えは既に決まっている。
利秋は
急に満面の笑みを浮かべると
「はい!喜んで!
シマさん…宜しくお願いします!」
そう言って頭を下げた。
シマモトは
「ありがとうございます!」
と、言いながら、
利秋の手を
ギュッと握って微笑んでくれた。
もう目が爛々と輝き、
色々な事を
教える気が満々である。
利秋は微笑みながら、
心の中で
( 前にシマさんが、
『例えば、他人を殺した人は、
上の世界には
来れません
下の世界に行くんです。
どんな世界なのか?
20畳の部屋の中に
小さな豆球が
一つだけついて居る、
かなり暗いと
思いませんか?
そんな感じの暗さが、
下の世界の全体なんです。
上の世界の者は下の世界に
行けるんですが、
下の者は、
上には上がれません。
上の世界は
楽しい会話が出来ますが、
下の世界では
会話が成立しません。
人を殺して居るので、
人に対して
自分の心を、
開く事が出来ないんです。
疑心暗鬼の世界!
恐怖の世界と言ってもいい、
生前、
自分がその恐怖を
人に与えてしまったんです』
僕はその話を聞いて、
シマさんは凄い人だなぁ
天国と地獄のシステムまで
知っているんだ。
そんな凄い人から今、
お手伝いを頼まれたんだ。
もう、
全力で頑張るしかないよね!)
利秋は自分の心に、
そう言い聞かせていた。
《 11…新婚なんです 》
そんな時、
手を繋いだ一組のカップルが、
幸せそうに
お互いの顔を見つめながら
丘の上にやって来た。
二人共シマモトを見つけて
嬉しいのだろう、
小さく手を振り
微笑んでいる。
「こんにちはシマさん、
お隣の方は?」
シマモトは利秋の手をパッと離し…
「こんにちは池本さん、
こちらは利さん、
2週間ほど前に
この世に来られた方です。
いま利さんに
お願い事をして、
たった今
承諾をして貰った所なんですよ。
其れで、
つい嬉しくて、
手を握ってしまって。
池本さん、
利さんは
とにかく優しい方です。
仲良くしてあげて下さいね」
利秋は立ち上がって
「田口利秋と申します。
宜しくお願いします」
そう言って頭を下げると
「此方こそ宜しくお願いします、
私は池本浩司、
妻の静子です。
二人共37歳です!」
二人は利秋は向かって
丁寧に
会釈をしてくれた。
利秋は微笑みながら
(仲の良さそうな夫婦だなぁ
しかし二人揃って此処に居ると言う事は、
事故か何かで
一緒に亡くなったのかな?
いずれにしろ夫婦で一緒に
居られると言う事は、
生前、
本当に仲の良い夫婦だったんだろうなぁ)
と思っていた。
シマモトは微笑みながら…
「池本さん
今で、何ヶ所くらいの観光地に
行かれましたか…?」
妻の静子は、
嬉しそうに指折り数えて居る。
「えっ〜と…17ヶ所です!」
「楽しかったですか?」
静子は恥ずかしそうに
浩司の胸に顔を埋めた。
それだけで十分
楽しかった、
と言う答えに成っている。
浩司は静子の背中を撫ぜながら
「利さん…
初めて会った人の前で
見せつけるんじゃねえよ、
そう思って居るでしょうね!
実は僕達夫婦は…
この世に来てから結婚したんです。
ですから
まだ新婚なんですよ!」
利秋は一瞬
(えっ?この世には
出会いと、恋愛と、結婚があるの?)
と思ったが、
自分自身の率直な意見として
「そうでしたか、
いいんじゃないですか、
お互いに
この人が大好きだ!
一緒に居たい!
そう自分で
決めたんですから、
私はとても素晴らしい事だと思いますよ!」
と、言った。
すると静子が同意して貰った事が
嬉しかったのか、
浩司の胸から顔を出し
「利さん、私の生前の話を
聞いて頂けますか?」
と言った。
利秋は一瞬
(えっ?初めて会った私が
聞いてもいいのかな?)
と思ったが、
生前の接客業の習慣が身について
いるせいか、
「はい、喜んで聴かせて頂きます」
と言ってしまった。
静子は嬉しそうに
「私が生きている時の
結婚生活は
最低最悪のものでした。
親に結婚相手を勝手に決められて、
好きも、嫌いも関係なし。
とにかく、
親に逆らえない様な
時代だったんです。
私の元亭主は、
賭け事が好きで、
お酒が好きで、
女性が好きで、
仕事が嫌いな人でした!」
利秋は反射的に
「最低な男ですね!」
と、言ってしまった。
すると
静子はそのツッコミが嬉しかったのか、
ニッコリと微笑んでいる。
「好きな女性が私なら何とか
頑張ろうと思いましたが、
彼にとっての私は、
家事を黙ってこなすだけの
家政婦でした。
お酒、借金、暴力、浮気、
本当に辛くて、
実家の両親に相談したら、
お前の尽くし方が足りないと
叱られて。
その後
私は胸を患って血を吐いて…
お金がないから
病院に行く事も出来ずに
家の中で、
一人で亡くなりました。
元亭主は
私の死に方を見て反省したのか。
俗世間を捨てて
出家をして、
私の為に毎日祈り出しました。
でも私の心は、
もう完全にすさんでいて、
世の中をひねくれて見る様に
成っていて。
だから思わず
元亭主の前に立ち
『ふざけんなよ馬鹿野郎!
お前が祈ったって、
誰も救えねぇんだよ!
散々好き勝手して来たお前に、
何の力が有るんだよ!
人前で
ペラペラペラペラ
嘘八百並べやがって、
なにを得意げに喋ってるんだよ!
出家したら自分の罪は
消えるとでも思っているのかよ!
仏門に入ったので
貴方の罪は
許されます、
どこのインチキ宗派だよ!
バカじゃねぇの!
罪はそうそう消えねぇんだよ!
私を死に追い詰めたお前は、
地獄に行くんだよ!
二度と私の前に現れるな!
クズ野郎が!
ダンゴ虫にでも
生まれ変わりやがれ
馬鹿野郎が!』
そう怒鳴り散らして
その人と決別しました。
まぁ私の声は聴こえて
いませんけどね。
大声を出して
胸がスッとしました。
あっ…スミマセン
私ったら
初めてお会いした
利さんに
こんな
汚い言葉を使ってしまって、
不愉快ですよね、
本当にごめんなさい」
静子は申し訳なさそうに
頭を下げて居るが、
利秋は、
そんな事を少しも気にしていない、
むしろ静子の
小気味の良い啖呵に、
ウットリしたくらいである。
「静子さん、
素晴らしい啖呵でした。
私の胸もスッとしました。
本当に自分勝手な
嫌な男だったんですね!
そんな男は地獄行きですよ!
静子さんが言われた通り、
仏門に入ったら
自分の悪業が許されるとでも
思って居るんですかね、
馬鹿の極みですね。
そんなクズは
こちらから願い下げですよね!
浩司さんと出逢えて
本当に、
良かったですね!」
静子は、
嬉しそうに浩司の顔を見つめた。
浩司は静子を優しく抱きしめながら
「利さん、
実は私の生前の結婚生活も
悲惨なもので、
訳の分からない内に
人生が終わってしまったんですよ、
聴いて頂けますか?」
利秋は浩司の目をジッと見つめ
「ぜひとも聞かせて下さい!」
と、言った。
浩司は静子を抱きしめたまま
「結婚して三年、
けっこう幸せな毎日を
過ごしていたんですよ。
でも、
ある晩、
午後9時ぐらいに
一人の男が訪ねて来て、
いきなり
「奥さんを愛してます、
ご主人、奥さんと
別れて下さい。
俺たちもう二年も
付き合っているんです」
私は、
えっ〜?なに、俺って
浮気されてたの?
そう思って居る所に、
二人目の男が入って来て
「彼女と俺は、
一年間も愛し合っているんだ」
と、騒ぎ出しました。
私が(マジかよ!)
と、思っていると、
三人目の男が来て
「奥さんと俺は四年前から
夫婦同然だ!」
(えっ〜!女房だと思っていた
この女性って誰?)
そう言おうとしたら三人が
いきなり
殴り合いの喧嘩をはじめて、
女房の顔を見たらニヤニヤしながら
「私の事で揉めないで!」
えっ?コイツ何言ってんの?
昨日までの俺の女房?
なに?
悪魔が取り付いたの?
いや、
待て待て四年前から
夫婦同然だって、
どうゆう事だよ?
いや!
四年前からコイツ自身が
悪魔だったんだ!
そう悟った時に、
いきなり
一人の男が包丁を振り回し、
もう一人はビール瓶を振り回し、
そして
三人目の男なんかは
いきなり
女房の首をロープで
締め出しました。
「俺をコケにしやがって!」
そう叫びながら半狂乱。
すっげえ顔で苦しむ女房を観て、
あっ〜
ほっとこうかなぁ
って真剣にそう思ったんですけど、
そうもいかず、
一番コケにされてる私が
ロープの端を掴んで、
その男を止めに入ったら、
包丁を持ってる男に
いきなり
背中を刺され
「痛い!何すんの!」
って振り返ったら、
包丁の男はビール瓶の男に
頭を割られて大出血!
ビール瓶の男は続いて
ロープ男の頭もカチ割り、
一人勝ちかと
思った時、
包丁男が、
ふらふらしながら
ビール瓶男の腹を刺して大出血!
隣近所の人が警察に通報して、
警察官が20人来るわ、
救急車は来るわ、
でも結局、
三人の男は助かって、
私だけが死んで…
自分の亡骸を上から観て居たら
何だか本当に情け無くて、
惨めで。
そしたら
女房だと思っていた女が、
『私をかばってくれたのは
主人だけです、
ごめんなさい、
私ったら悪い女房で、
私、恋多き女なんです、
でも
今度生まれ変わったら
絶対に貴方を幸せにします!』
『いらねぇわ!
誰が何と言おうと
いらねぇわ!
誰でも彼でも
足を広げる女と
結婚する訳ねえだろう!
お前の腐った頭の中じゃ
セックスは誰とでもするモノかも
知らねえけれど、
俺は、
愛する女性としか
やらないんだよ!
だいたい何の懺悔だよ、
周りを見ろ!
警察官も救急隊の人達も
全員あきれて
ドン引きしているからな!
とにかく、
お前と誓った永遠の愛は
取り消し!
顔も二度と見たく無い!
全てが終わりだ
バカ野郎!』
そう怒鳴って決別しました。
まぁ、私の声はバカ女には
聞こえて居ませんけどね」
利秋は言葉を失ってしまった。
シマモトは利秋の肩を軽く叩くと
「利さん、
100人居たら100人が、
それぞれ色んな苦労を
抱えているんですよ!
私はまず
浩司さんと出会い、
色々な話しを聞かせて
貰いました。
次に静子さんと出会い、
さまざまな
苦労話しを聞かせて貰いました。
二人共とっても優しい人なのに、
極度の人間不信症に成って居ました。
当然ですよね、
散々裏切られたと言う
辛い経験をしてるんですから、
でも、
何となく私の胸の中で
感じるモノが有りましてね、
それで
御二人を合わせたら、
相性がピッタリ合って」
すると浩司が
「この世に来てから、
10年以上、
下界に降りる事もなく、
毎日、ぼっ〜っと
この世の中だけを
散歩して居ました。
なんだか物事を
考えるのが嫌になってしまって。
私と同じ様な境遇の男性にも会いました、
『もう女性はこりごりだよ。
今度は
独身生活を満喫する為に
もう一度
生まれ変わって来るよ』
そう言って此処を出て行かれました。
私もまったく同じ思いでした。
でも、本当は…
心の奥の方で
誰かに愛されたい!
そんな事を願っている自分も居ました。
そんな時に
シマさんに出会って
色々な話しを聞いて貰って、
其れから
1ヶ月くらいした時に
静子を紹介して貰って。
私は、
静子と話をしている内に段々と
胸が熱く成って来て、
なんて素敵な女性なんだろう
一緒に居たい、
離したくないっていう
気持ちがドンドン強くなってきて。
もう一度女性を愛したい!
もう一度女性を信じたい!
そう思える様になりました。
シマさんには本当に、
感謝しています」
すると静子が、
照れ臭そうに
浩司の胸の中から顔を出して
「私も浩司さんを紹介して貰って、
本当に感謝して居るんです。
ただ私は、
亡くなってから50年近く
下界に降りる事もなく
一人でさまよって居ましたので、
その…なんと言うか…
私は大正生まれの女で、
浩司さんは昭和生まれで、
私の方が50歳くらい年上で、
何だか浩司さんに
申し訳なくて。
その事をシマさんに
相談しましたら…
『静子さん、
肉体の無い私達に
年齢なんて関係ないですよ。
まして御二人共
下界に降りて無いので、
私みたいに、
本当なら90何歳なんですよ、
なんて言うモノがなくて、
静子さんは、
35歳で亡くなったままの年齢。
浩司さんは39歳で亡くなった
ままの年齢なんです。
でも、
お二人が、
気になると言うのなら、
間を取って
二人とも37歳で…どうでしょう』
そう言って下さり、
私達は37歳にして貰い、
晴れて夫婦に成りました!」
浩司は微笑みながら
「私は、
とにかく静子が大好きなんです。
大正生まれ何て
どうでもいいんです、
二人とも1900年代に
産まれた
同世代なんですよ!」
静子と浩司は嬉しそうに、
見つめ合っている。
利秋は心の中で…
(62歳で亡くなって、
俺の人生なんだかなぁって思って
居たけど…
なんなの、
お二人の話を聞いていると、
俺ってかなり幸せ者だったの、
そうなの?
うん、なんだか
そんな気がして来た。
いや、絶対幸せ者だったよね!
90歳を超えるまで生きないと
幸せじゃない!
そんな風に思っていたけど、
違うな…
俺はスゴイ幸せ者だったんだ!)
腹の底からそう思う事が出来た。
その後、
池本夫妻は旅行の思い出話を
30分ほど聞かせてくれた。
余りにも
嬉しそうに喋るので、
聴いて居る方も自然と
笑顔になってしまう、
とても良い連鎖反応である。
「シマさん、利さん、
話しを聞いて下さって、
ありがとうございます!
まだまだ二人で楽しみたいので,
18回目の新婚旅行に行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃい!
一年経っても、
十年経っても、
二十年経っても
新婚旅行で良いじゃないですか。
いっぱい愛し合って!
いっぱいノロケ話を聞かせて
下さいね!」
シマモトの言葉は
何となく心に残る。
池本夫妻は、
頬を赤く染め
小さく手を振りながら、
シマモトと利秋の前から
フンワリと消えて行った。
《 12…忘れていませんか? 》
シマモトは、
この世における
恋愛事情についての話を少しだけ、
利秋に
聞いて貰おうと思った。
「利さん、
どれだけ努力をしても
報われない人生って
有るじゃないですか。
それって何だか
悲しいですよね。
でも、
もう一回、
死んだ後の世界で
幸せを見つけるのも
アリだと思いませんか?」
利秋は
ワザと大きく頷きながら
「シマさん、
アリだと思います
池本さん御夫妻を見て
つくづくそう思いました。
笑顔を取り戻して
貰いたいです!
絶対に
幸せに成って貰いたいです!」
利秋が
大きく頷いたのは、
私は、
100%シマさんの意見に
賛成ですよと言う、
意思表示である。
利秋は更に
「シマさん、
一つ質問しても良いですか?」
「はい、どうぞ!」
「以前「あの世」の広さは
日本の半分くらいで、
なおかつ
地上の真上に
「あの世」は存在していると」
「そうですよ、付け加えて言えば、
外国の「あの世」も
それぞれの国の
上に存在し、
半分くらいの面積が
有ると思って下さい」
「死んだ後は、
自分の国の「あの世」に行くんですか?」
「良い質問ですね!
其れが面白いことに
自分が希望した国に行けるんです。
例えば、
日本で亡くなっても
アメリカが良い、
オーストラリアが良い、
カナダが良いって、
自分の希望する所で暮らせるんです。
途中で引っ越す事も出来ます。
だってほら、
私達って瞬間移動が
出来るじゃないですか。
少し嫌な言い方なんですけど、
生前その地域が嫌いだった。
その地域に住んでる人が嫌いだった。
更に突っ込んだ言い方ですが、
親、兄弟であっても、
二度と
関わりたくないって言う人も
居るんですよ。
他人には言えない
言ったとしても
分かって貰えない、
その人にしか分からない事情って
有るじゃないですか。
でも私達は、
もう死んで居るので、
ここは一つ
自分の心に素直になって、
誰に気兼ねをする事も無く、
住みたい所に住みましょうよ。
もう我慢なんて
しなくていいですから!
みたいな感じの話なんです。
利さん、
そう思いませんか?」
「はい、そう思います!」
「それと、
親兄弟よりも
更に突っ込んだ、
夫婦の間にも
同じ様な理屈で
けっこう大変な事が有るんですよ」
「えっ?どんな事ですか?」
ガミガミとうるさい奥さん、
小さな事をグチグチ言う亭主。
『もう死んだんだから関係ないでしょ!
もうウンザリ、
もう、どうでもいいのよ!』
そう言って別の都道府県に
行かれる方も
結構います」
利秋は内心
(決して他人事ではないぞ)
と思いながら
耳を傾けた。
「夫が7年前に死んだんですけど、
何処にも居なくて、
あぁ、
その人なら
奥さんの事が嫌で逃げましたよ!
なんて言えないから
『あぁ確か…お孫さんの所に
生まれ変わる、
とか言って居られましたよ』
なんて言う嘘をついて。
『俺の女房が半年前に亡くなって
いるんだけど、
見つからなくて?』
あぁ確か他の人と結婚して
九州に行きましたよ!
なんて言えないから
『あぁ…確か、
一番下の娘さんの所に生まれ変わる、
とか言ってましたね。』
なんて嘘ついて、
もう〜なんか、
私一人の胸がモヤモヤして。
ハッキリとその人達に
言ってやりたいですよ!
『貴女は、
家族の為に、
寝る間も惜しんで
働いてくれていた御主人に、
感謝してましたか?
優しい言葉を使い、
美味しい物を作り、
御主人を抱きしめましたか?
何時も不機嫌そうな
ムスッとした顔で、
面倒臭そうな喋り方。
スーパーで買って来た
出来合いの物を
テーブルに並べて、
片付かないからさっさと食べてよ!
何よ、その顔、
気に入らないなら
食べなくていいわ!
そう言いながら
テレビを見て、
夜になって
御主人が貴女を求めたら、
触らないでよ!
疲れてるんだから!
いい歳してバカじゃないの!
そんなセリフは
日常茶飯事。
でも貴女は、
余裕をぶちかまして、
こう言うんです…
「私は、主人を愛していたし、
主人が亡くなった
お通夜の晩は、
添い寝もしてあげたのよ!」
私は思わず心の中で
「生きてる時に一緒に寝たれや!」
と、ツッコミを入れてしまって。
そんな奥さん達がけっこう多くて、
皆んな
御主人が待ってくれて居ると、
思っているんです!
どれだけ
図太い神経をお持ちなんですかね!
本当に呆れてモノが言えませんよ。
また、御主人の方にも
偉そうな
人がいるんです。
家庭を一生懸命に
守ってくれて居る奥様に、
感謝の言葉を
一切かけない男!
偉そうなモノの言い方、
自分だけが喋って
奥さんの話をちっとも聞かない。
奥さんが
愛情込めて作った料理を
美味しいとも言わない、
○○屋の料理は美味かったなぁ〜、
ちょっとパチンコに行って来る、
ちょっと競馬に行って来る、
挙げ句の果てには浮気して、
俺はモテるんだよって
自慢話。
おまえ絶対にバカだろう!
性根が腐ってるだろう!
そのうちチンコが立たなくなるわ!
でも俺は、
女房を一番愛してた。
知らねえわ!
そんな事、
独り合点も、はなはだしいわ!
一緒に買い物に行って荷物を持つとか、
オシャレな喫茶店だね、
お小遣いが少し残っているから
コーヒーでもどう?
それぐらいの優しさ見せんかい!
利さん、ごめんなさい…
一人で熱くなってしまいました。
でもね、
感謝の気持ちを、
言葉や態度で伝えていた人は
「この世」でも
とても仲良く、
夫婦をしてますよ。
本当は…
当人に
そう言ってやりたいんですけど
言えないんですよ。
だって
スっごく落ち込んでいるんですよ、
女房が居ない、
亭主が居ないって、
泣きながら
オロオロしてるんですよ。
可哀想だけど、
しょうがないですよね、
生前の
アナタのオコナイの結果なんです。
「これくらいの事は
許してくれるはずだ、
甘えても良いじゃない
夫婦なんだから、
何を勝手な事を言ってるんでしょうね。
あなたのワガママは、
相手の方の許容範囲を、
超えてしまったんです!
もう…
諦めるしか無いですよね」
シマモトは
そう言いながら、
うなだれてしまった。
シマモトは
辛い顔をしている人を見ると
胸が苦しくなり、
何とか
助けてあげたく成る様である。
だから、
自分の手助けで
何とかなりそうな事は、
必死になってするのだが、
恋愛については
双方の思いが
絡み合っているので、
此ればかりは
如何ともし難い様である。
利秋は
シマモトが落ち込んでる所を
初めて見た。
何だか
自分の胸まで苦しく成ってきた。
だから思わず、
シマモトを励ますつもりで
「シマさん…
私自身どこまで出来るのか
分かりませんが、
少しでも早く
シマさんの役にたてる様に
頑張りますから」
と、決意発表をしてしまった。
するとシマモトは、
急に満面の笑みを浮かべ
「 えっ?本当ですか!
ありがとうございます!
御節介コンビの誕生ですね、
楽しくやりましょうね!」
「ちょっとシマさん待って下さい、
立ち直りが早いですね!」
「利さん、ボケとツッコミどちらが
良いですか?」
「いやいや、其れは漫才ですよ、
そんな事もするんですか?」
「お笑いは、
人を幸せな気持ちにさせてくれます!」
「そうですけども、
えっ〜、困ったなぁ〜
…じゃあツッコミで」
「やった〜!
何だか凄く嬉しいです、
相方が出来るなんて!」
「相方って、えっ〜!
もう、漫才をする気が
満々じゃないですか!」
「さっそくのツッコミ
ありがとうございます!」
「いやいや、まだ始まって
いませんから…」
そんな事を言い合って
笑っている時に、
遠くの方で
誰かが怒鳴り合って居るような…
そんな声が聞こえて来た。
《 13…恫喝大会 》
利秋は真剣な表情に戻ると。
「シマさん、誰かがケンカでも
してるんですかね?」
「あっ〜あの声は気にしなくて
良いです、
ほっときましょう。
いや待てよ…
やっぱり利さんにも観といて
貰いましょうか、
ついて来て貰えますか?」
険しい顔をしたシマモトは
前を歩き出した。
利秋は心の中で
(確か前に、
他人に迷惑をかける人は
地上にストンと落ちると言って
おられたけどなぁ、
かなり大声で
揉めてるような?
怒鳴っても下に落ちない
特別な人達でも居るのかな?)
そう思いながら
「シマさん、何か大変な事なんですか?」
と、尋ねてみた。
するとシマモト首をすくめ、
呆れてモノが言えないと言う様な
ポーズをとり
「いや〜大変ではなくて、
死んだ後でも
自己主張が強く、
自己反省が出来ない、
そんな感じの人達がけっこう
居るんですよ。
とりあえず観て貰えますか」
シマモトに案内をされて
現場に到着した。
そこで
利秋の目に飛び込んで来た光景は、
広い草原の真ん中で
100人前後の人達が
言い争いをして居る
ところであった。
中には胸ぐらを掴み合って
眉間にシワを寄せ、
かなり汚い言葉で怒鳴り
合っている人も居る。
利秋の目は点になり
「あのシマさん…
此処に居られる方は、
どういった方達ですか?」
「利さん、
この人達は生きている時に
他人を恫喝するのが
好きだった人達です。
凄いでしょ!
生きてる時にこんな人達に
関わってしまうと
本当に不愉快な思いをしますよね。
前にも言いましたけど
「この世」で他人に迷惑をかけると
地上に落ちるんですが、
この人達は、
反省して帰って
来たんです。
でも心根は、
そうそう変わらないんでしょうね、
誰かと言い争いたくて
全国各地から
何となく
此処に集まって来て、
そして今…
「大恫喝大会!偉いのは私だ!」
と言う大会が、
毎日この場所で繰り広げられて
いるんですよ。
好きなんでしょうね、
人の揚げ足を取って叫ぶのが。
まぁ、
お互いに似た者同士だから
下に落ちずに
許されてますが、
もしも
関係のない人に絡んだ時は
アッと言う間に地上に落ちます。
此処に居る人達は
何度も其れを繰りかえす
懲りない人達です。
利さん、まぁ少し聴いてみて下さい、
結構笑えますよ!」
「おいコラ!俺を誰だと思ってるんだ、
霞ヶ関に勤めて居た
上級国民だぞ!」
「其れがどうした、
俺は自分一代で○○○株式会社を
立ち上げた会長だ。
どれだけ国に税金を納めたと
思ってるんだ!」
「シマさん、死んだ後でも
地位と名誉って関係あるんですか?」
「無いですね!
でも生前、
一番上を取った人達は、
その肩書きが
捨て切れないんでしょうね」
「なるほど、一番って
大変な努力をしないと
取れないポジションですもんね」
「俺は世界中を旅して
何でも知ってるんだ、
お前の常識の無い
態度が気に入らないんだ、
目上の人に対して
なんだ
その口の利き方は!」
「知らねーよ、ジジイ!
何でも知ってる割に、
人との接し方を知らねーじゃねえか?
いきなり人の
服装にケチつけるって
何処の国の常識なんだよ!
ジジイ、てめえコミュ障だろ!
馬鹿じゃねぇの、
友達居ねえだろ!」
「シマさん、あの方いきなり
若者に
ケンカをふっかけましたね!」
「たまに居るんですよ、
外国を見て来て
物の見方が変わった!
ちっぽけな日本しか知らない奴は
ダメだ!
日本は狭すぎるんだ!
考え方が小さくなる!
大国は素晴らしい、
って言う人。
じゃあ、その国に住んでなさいよ!
なぜ日本に居るの?
って言う話しですよね。
誰も止めないし
今なら簡単に行けるでしょ、
そう思いませんか利さん」
「思います、
よその国の方でも
日本が住みやすい
大好きって言う人も居ますもんね」
二人が見渡す限り
色々な内容のケンカが有ったが、
いずれにしても
怒鳴り合いである。
老若男女を問わず
相手を捲し立てて居る。
しかし、
お互いが百戦錬磨の強者なので
口論の終わりが
見えてこない。
ただシマモトと利秋が思わず
笑ってしまったのは、
スマホで相手の
写真を撮りたいのだろう
「クソ…何処かにスマホを落とした!」
と言う人。
「アナタの事訴えてやるわ!
私の弁護士は
有能な方なのよ!」
って言う人。
「もう、拉致が開かない
警察に入ってもらおう!」
と言う人。
もうアナタ達は、
死んで居るのだ。
「この世」には
スマホも無ければ、
弁護士も居ない、
ましてや喧嘩の仲裁に入る
警察官など一人も居ないのだ。
警察官の記憶が残っている人は
沢山いる。
しかし、
死んだ段階で
全ては
前世の思い出に成るので、
死んだ後まで警察官を
引きずっている人は一人も居ない。
もう警察官は終わり、
今からは
自分の為に過ごそう。
まずは残して来た
家族を見守りに行こう。
そして、
全国に旅行に行こう!
本を読もう!
のんびりしよう!
そうやって
自分の気持ちを入れ替えて、
次に生まれ変わる前に
心ゆくまで命の洗濯を
していくのだ。
死んだ後に持って行けるのは
記憶だけ。
下界に降りてスマホや
テレビを観る事は出来るが、
持って上がって来る事は出来ない。
ましてや
地位や名誉や財産など、
「この世」では
何のクソの役にも立たないのだ。
此処に居る100人前後の人達は
その事が分かっていない。
シマモトも、
何度か「この世」の仕組みを
説明したが、
怒りの感情が強いせいか?
一切話しを聞こうとはしない。
それどころか
「若造のくせに何を偉そうに
知ったかぶりしやがって!
俺はお前よりも、
何でも知ってるんだ!
俺の目の前から消え失せろ!」
すると、その人の足元に
いきなり
ポッカリと穴が開き…
「うわっ!いゃ〜〜ッ……」
と悲鳴を上げながら、
その人が、
シマモトの目の前から
消えて行くのだ。
シマモトは心の中で
(やっぱり人の言う事は聞けないか、
しょうがないな、
長い時間をかけて、
いずれ自分で気付くんだろうなぁ…)
そう思うより仕方なかった。
《 14…あの時代 》
「利さん此処に居る人達の事は、
ほっときましょう!」
「そうですね、
人の話しを聞かない筋金入りの人達
ですもんね。
でも、
ある意味では
幸せな人生を過ごして来たんで
しょうね」
利秋の以外な答えを
不思議に思ったシマモトは
「えっ?どうゆう事ですか?」
と、尋ねた。
すると利秋は
「だってシマさん達の時代は、
確か
自分の意見を言う事って
許され無かったんでしょう?
でも、この人達って、
言いたい事を言って、
その意見がたまたま
世間から評価され、
そこに努力が加算され
成功したんですよね。
まぁその反面、
人の迷惑を返り見ないで
好き勝手な事を叫んで、
人から内心嫌われながら
生きて来たんでしょうけどね」
「あっ〜そう言えば…
そうですね。
私達の時代
どんな事でも上官の言う事は
「はい!」
と答えてましたね。
国の為に死んで来い!
「はい!」
って答えてました。
本音を言えば、
妻を残して死にたく
無かったですけどね…」
すると利秋は
腕を組んで、
何かを考え込んでいる。
そして
「シマさん、
実は私の父は海軍に入って居て、
沢山の先輩や同期が
自分の目の前で
亡くなったそうなんですよ。
だから、
戦後何年も経っているのに、
お酒を飲む度に戦時中の事を
思い出すのか
よく涙ぐんでました。
其れと、
何の曲なのか知りませんが、
『お袋も、親父も、皆んな達者かなぁ…』
『本当にゴメンなかんべんなぁ…』
この二曲の
ワンフレーズだけを、
何回も
繰り返し歌うんですよ。
いまだに誰の歌だか
分かりません。
大正15年生まれの父は
58歳で亡くなりました。
生前父に、
私はスっごく意地悪な質問をした
事があるんですよ」
「えっ?何を聞いたんですか?」
「お父さんってさ、
天皇陛下が神様って
本当に
そう思っていた」
父は気まずそうな顔で
「えっ?なんで
そんな事聞くんだ?」
「いや何となく…」
父は少し考えた後に
『そう信じてた!
そう思わなければ
死んで行った仲間達に申し訳ないだろ』
そう言ってました。
自分が生きて帰って来た事が
申し訳ない、
そう言った思いを
お酒の力で紛らわして、
毎晩お酒を呑みまくって
肝臓を壊して
58歳で血を吐いて…
『なんで、こんなに成るまで
お酒を呑んだんだろう』
そう言いながら
亡くなりました。
あっ、でも、私の言い方だと
何だかすごく良い父親に
聞こえたかもしれませんが、
酒は呑むわ、
賭け事はするわ、
女遊びをするわ、
かなり、いい加減な人でしたよ。
そんな父に
母は散々苦労かけられたのに
『お父さんと結婚したから
お母さん自身が、
人間的に成長する事が
出来たんだと思う」
なんて言うんですよ、
母がそう思うなら
それは其れで良いんですけどね。
でもまぁそんな父も、
若い頃は
シマさんと同じように
「はい!」って答えて
居たんでしようね」
シマモトは利秋の顔をジッと見つめ…
しばらく黙り込んでしまった。
そして
「利さん、
良い話しを聞かせて
貰いました。
どう言えばいいのか…
私は、
あの日、
恐怖と、悲しみと、憤り(いきどおり)
を抱きながら亡くなりました。
ハッキリ言って
生きて帰りたかったです!
でも…
生きて帰られた方達も
その日から
地獄の様な日々を過ごして
居られたんですね。
いずれにしろ
人が死ぬ戦争って言うモノは
本当に残酷なモノですよね!」
利秋は頷きながら
「何処の国の政治家の人達も
民衆の代表なんですから、
感情的に怒鳴り合わずに、
何処までも冷静な話し合いで、
お互いの国の理想を尊重しつつ、
お互いの利益の真ん中辺りに立って、
お互いに少しずつ妥協して、
じゃあこの辺りで
手打ちという事で。
そんな風に話を
まとめて貰いたいですね。
とにかく
人間同士が殺し合う
戦争がおきない様に」
「本当にそう思います。
きっと大多数の政治家の方達は
話し合いで、
と、思って居たんでしょうけど、
少数の過激な人達と、
一部の経済界の人達に煽られて、
気が付いたら
戦争に成っていました。
みたいな感じだったんですかね」
「其れで沢山の尊い人命が
失われてしまうなんて、
本当に怖くて
悲しい話しですね」
「ちなみに利さん、
戦争を始めた政治家、
陰で煽った外国の要人、
裏で操った経済人、
その他もろもろの
命令を出した人達、
自分が直接人を殺さなくても、
そう言った人達は
一人ももれる事なく、
亡くなった後は
下の世界に行きますから!
前に、お亀姉さんが
言っておられた通り、
戦国武将と同じ目に合います」
「そうですよね、
当然ですよね。
その人達の命令や
発案で戦いが始まるんですもんね。
下の世界に行って
大いに反省してもらいましょう」
二人は小刻みに頷き合いながら、
怒鳴り合って居る人達を横目に、
『 恫喝競技場 』を後にした。
《 15…今日から一緒に 》
二人は
小さな丘を越え、
住宅街を左手に観ながら、
更に先の方に進んで行った。
しばらく歩いていると
三人の人影が
此方に近づいて来た。
二人は立ち止まり、
三人を見つめていると、
真ん中の小さい影が
勢いよく
此方に向かって走って来るではないか。
「あっ!真由美ちゃんだ!」
シマモトがそう叫ぶと
真由美は
もの凄い勢いでシマモトの胸の中に
飛び込んで来た。
「シマさん、パパが帰って来たの!」
「そう、良かったね、嬉しいね!」
「うん!
ママと真由美は、
これからは毎日、
パパに甘えるのよ!」
「いいねぇ〜楽しみだねぇ」
「いっぱい甘えるんだから!」
そう言って歓声を上げて居る所に
今中夫妻が
シマモトと利秋の前に
到着した。
洋子は、
真司の腕にしがみ付いたまま
満面の笑みを浮かべている。
「シマさん、利さん、
夫です…
私の大好きな…真司さんです…」
感極まって居るのだろう
洋子の声は震えている。
真司は二人に向かって
深々と頭を下げると
「洋子から話しを聴きました、
妻と子供を励まして下さり、
本当に…
ありがとうございました。
やっと…
洋子と真由美に逢えました。
もう、
どれだけ時間が経つのが遅く
感じられたか。
本当は…
二人を追って
自殺しようと思いました。
二人に会いたくて、会いたくて…
でも…
私の両親と…
家内の両親の事を考えると
そうもいかず…
洋子と真由美を…
随分と待たせてしまいました。
今日…
病室の中で
段々と意識が薄れて行く時に…
洋子と真由美が
手を握ってくれました。
迎えに来てくれたんだ!
待っててくれたんだ!
やっと…
やっと逢えた…
もう嬉しくて…
嬉しくて…」
そう言って、
泣いて居る真司の姿は
白髪のせいだろうか?
其れとも
淋しい思いを沢山したせいだろうか?
年齢よりも随分と老けて見える。
シマモトは
このままの真司の姿では可哀想だと
思ったのか
「奥さん、横に居る御主人の頬を、
両手で包み込んで貰えますか」
と、言った。
洋子はシマモトの突然のセリフに、
少し首を傾げてしまったが、
言われた通りに、
真司の頬を両手で
包み込んだ。
シマモトは更に
「真司さん、
奥さんの両手の上に、
御自分の両手を添えて下さい」
真司も、
泣きながらではあるが
言われる通りにした。
二人は見つめ合うような形で、
微笑み合いながら
立って居る。
シマモトは大きく息を吸い込むと、
突然、大声で
「あの頃!」と叫んだ!
四人はビックリしたが
シマモトは間髪入れずに
「真司さん、洋子さん、復唱して!」
二人は一瞬は戸惑ったが、
言われた通りに
「あの頃!」と叫んだ。
すると真司の顔が温かくなり、
あっと言う間に
青年の頃の身体に戻った!
本当に
若返ったのだ。
利秋は一瞬は驚いたが、
すかさず
「 大きなカガミ!」
と、叫んだ。
鏡が自分の前に現れると
その大きな鏡を
「よいしょ!」
と、言う掛け声と共に
真司の方に向けた。
自分の姿を見て
驚いている
真司の顔、
洋子の喜声、
そして真由美は、
いかにも子供らしく
「パパ、スっごく、かっこいい!」
と、小踊りしながら喜んで居た。
洋子は、
何度も真司の名前を呼びながら
泣いている。
この日が来ることを、
どれだけ3人は待っていた事か。
真司は真由美を抱き上げ、
そして
洋子を抱きしめ…
2人に
頬擦りをしながら
「待っててくれて…
本当に…ありがとう…」
そう呟くのがやっとだった。
感動をして居る家族の横で、
利秋は、
ただただ
シマモトの顔を、
尊敬の眼差しで見つめていた。
「シマさんって、
本当に何でも出来ちゃうんですね、
ビックリしました!」
するとシマモトは、
若干慌てた様な感じで
「利さん、
そんな風に
目を輝かせるのはやめて下さい。
何でもは
無理なんですよ!
先に言って置きますが、
これから私と一緒に
行動して貰ったら、
私の無力さに
ガッカリする事が
多々あると思いますから!」
そう言って
釘を刺して置いた。
そうでもしないと、
何でも出来る
魔法使いの様に思われたら
其れこそ困るのだ。
しかし利秋は、
その様には受け止めて居ない。
(シマさんは、
本当に謙虚な人だなぁ…
人間が出来て居るんだなぁ)
と、思っていた。
なので利秋は
ワザと冗談っぽい口調で
「分かりました。
シマさんが出来ない事に
直面した時は、
ワザと、
ガッカリした様な顔をしますね!」
シマモトは、
利秋から冗談を言って貰ったのが
嬉しかったのか、
満面の笑みを浮かべ
「嫌な奴、嫌な奴!
ねっー真由美ちゃん、
利さんて意地悪だと思わない?」
真由美は
両親の間に挟まれて
大笑いである。
《 16…スベリ台 》
五人が楽しく談笑していると、
かなりの数の犬と猫が
此方の方に近づいて来た。
真由美はいかにも子供らしく
「あっ!ネコちゃんと、ワンちゃんだ!」
と、嬉しそうに声を上げた。
しかし
犬と猫は
五人には目もくれず、
五人の横を
勢いよく走り抜けて行った。
自分達が飼っていた訳ではない
其れは分かっている。
でも、
たとえチラッとでも良いから
自分達の方を
見て貰いたかったなぁ…と
四人はそう思った。
ところが、
シマモトだけは違って居た。
イヌやネコ達に
小さく手を振りながら
「ご苦労さま、頑張って来たんだね、
次も頑張ってね!」
そう声をかけている、
四人が小さく首を傾げると、
シマモトは手を振り続けたままで、
「人を襲ったりしなかった犬と猫は
何故だかは分かりませんが、
死ぬと、
上の世界に来るんです。
そして、
直ぐに生まれ変わる為に
前に進むんですよ」
シマモトの、
生まれ変わる、
と、言う言葉に
利秋が直ぐに反応した。
「シマさん!直ぐに、
生まれ変わる事が出来るんですか?」
利秋は
とても大きな議題だと思って
真剣な表情で質問をしたのだが、
シマモトからは
いとも簡単に
「出来ますよ!」と言う、
当たり前の様な答えが返ってきた。
利秋は思わず
「出来るんかい!」
と、ツッコミを入れてしまった。
四人は大笑いだが、
利秋からすると
(いずれ自分も
生まれ変わるだろうから、
その方法をチャンと知って
おかないと)
そう思っていた。
シマモトは微笑みながら
「この世には、
私達が
生まれ変わる為の滑り台が、
10キロ四方に一つの割合で
有るんですよ。
そして、
そのスベリ台は、
縦に3つ並んで居るんです。
まず、
1台目の滑り台の前に
大きな看板が有って.
【この世でやり残した事は無いですか?
幸せを満喫して頂けましたか?】
って書いて有るんです。
生まれ変わろうと思って居る人は
腹が決まっていますから
「大丈夫で〜す!」
なんて言いながら、
100mのスベリ台を
下って行くんです。
滑り終わって前を見ると
50mの道が有って、
歩いている間にアナウンスが
聴こえて来るんです
「生まれ変わりたい先に
御希望が有れば言って下さい。
(例…1)国、あるいは具体的な地名など。
(例…2)元の自分の家族、
娘、息子、孫、親戚の家など、
そして更に、
その他の希望が有れば
お気軽にお伝え下さい!」
なんて言う事を
言ってくれるんです。
例えば
「一番上の娘の子供として産まれたい!」
って言うと
「はい、御希望通りに!」
って言ってくれます。
其れから又100mのスベリ台を
下って行き
50mの道があって、
歩いている間に又アナウンスが
流れます。
「新しい人生、
楽しい一生がおくれますように。
辛い事があっても
決して他人を傷付けたり、
殺さないように。
そうすれば又
一生を終えられた後に、
この世に帰って来ることが
出来ます」
みたいな事を言われます。
そして最後の
スベリ台…
100mを滑り終わると
生まれ変わる事が出来るんです!」
四人は神妙な顔で頷いた。
しかし利秋は少し考えた後に
「シマさん、
なぜ3回も
スベリ台に乗り換えるんですか?」
と尋ねた。
「あっ、利さん、良い質問です!
其れは、
やっぱり生まれ変わらずに
此処に居たいって、
心変わりした時に、
2回目の
滑り台が終わったら、
隣の階段で
此処に戻って来れるんです。
以前ここに居られた先輩から
聞いたんですけど、
犬とか猫は、
字を読んだり、
アナウンスを聞いたりなんて
出来ないので、
生命の本能のままに、
スベリ台を降り、
何回も生まれ変わって
善根を積んで…
いずれ人間に生まれ変わる、
らしいですよ、
もしかしたら
下の世界に居た時に
他人に危害を加えた人達が
犬や猫に生まれ変わるんですかね?
私もその辺は、
よく知らないんですよ」
利秋は
(あっ、この部分の話は
前に聞かせて貰ったな)
と思いながら…
「シマさん、よく分かりました。
ありがとうございました」
と言うと、
今中夫妻も
「とても良い事を教えて頂きました」
そう言って微笑んでいる。
「喜んで貰って良かったです。
さて、真司さん
洋子さん
真由美ちゃん、
今日から三人で、
とにかく
思い切り楽しく過ごして下さいね。
大きな家に住んで
美味しい物を食べて。
旅行に行って、
もう、とにかく心ゆくまで
楽しんで下さいね!
淋しい時間を過ごした人は、
この世で
その分の時間を取り戻さないと、
そうしないと
次に生まれ変わった時に
消化不良状態に落ち行って
充実した人生を歩めなく
成りますからね。
焦って生まれ変わらなくても
良いんです!
まずは
この世で、
十分に幸せを満喫して下さい!」
四人はシマモトの言葉に
(…説得力が有るわ〜)
そう思いながら
満面の笑みを浮かべた。
《 17…責任放棄 》
今中の家族を見送った後、
シマモトは若干遠慮がちに
利秋を見つめた。
「利さん…
私が提唱しているところの
御節介運動。
いよいよ実戦をかねて
現実社会に降りて行こうと
思うのですが…
今からなんて、
どうでしょうか?」
いよいよ自分の出番が来たのだ。
利秋は、
シマモトの目をジッと見つめ
「シマさん大丈夫ですよ!
心の準備は既に出来て居ます!
喜んで
お手伝いさせて頂きます!」
「そうなんですか、
ありがとうございます。
ではさっそく
下に降りてみましょう」
シマモトは、
そう言って親指を立てた。
午後7時の東京は、
上空から見ると
街頭やショーウィンドウの
灯りを受けて、
街全体がキラキラと輝く、
さながら
遊園地の様に見える。
しかし、
表通りと裏路地では
明るさに随分と差があって、
所によっては
まるで、
別世界に
紛れ込んでしまったのかと、
言いたく成る様な
陰鬱な感じの場所もある。
豪華なタワービルが立ち並ぶなか、
二人はあえて五階建ての
ビルの屋上に降りた。
「利さん、この位の高さだと
人の形が良く見えるでしょ…
この中に、
何かを思い詰めて
上に来れない人達が
居るんです。
世間で言う所の
幽霊さん達です。
私の御節介は、
その人を見つけたら
優しく「あの世」の説明をして、
あくまでも
此方の意見を押し付けずに、
「もし宜しければ上の世界に
御案内しますよ」
みたいな感じの声かけを
してるんです。
利さんは生前
美容師さんでしたから、
人に優しく接するのは
得意ですよね!」
利秋は苦笑いをしながら
「まぁ…接客業でしたからねぇ、
とりあえず、
御期待に応えられる様に
頑張りますね。
ところで、
あの、
見た感じで
何となく幽霊さん、って
分かりますかね?」
「利さん、本当に良い質問です!
幽霊さん達を見つける為に、
まず目を凝らして下さい。
幽霊さん達の
体の周りには、
うっすらとした
光が浮いて見えます。
ただし、
楽しそうに誰かの後を着いて
歩いている幽霊は
私達と同じ様に
生きている家族と一緒に
散歩をして居るだけの方も居ますので、
とにかく、
見るからに挙動不審で
寂しそうな人。
また誰かを必死に探している、
そんな幽霊さん達が…
私達、コンビの対象者なんです!」
利秋は笑顔で
「了解しました!」
と言った後に
(なるほどね〜)
と思いながら、
シマモトに
言われた通りに目を凝らし、
一人一人を丁寧に
見つめて行った。
しかし内心は、
いくら接客業で慣れているとは言え、
初めて会う幽霊さん達に
声がけをするのだ、
少しだけ
胸がドキドキしていた。
そしてもう一つ、
いま不思議な気持ちで
いっぱいだった。
半月ほど前の自分は
病院に入院していたのだ。
意識もしっかりしていたし、
妻子と冗談を言いながら
笑い合っていたのだ。
子供達は臆病な父親を
脅かそうと
「お父さん…夜寝て居る時に
突然の金縛り…
ソッと目を開けたら
沢山の
幽霊が枕元に立って居るの。
もしも、
そんな事があったらどうする…」
「そんな話し、勘弁してよ!
お父さんは怖がりなんだから…」
そう言って
家族と笑い合っていたのに、
まさか、
その自分が半月後には幽霊に成って、
更に、
今現在に至っては、
幽霊に向かって
「もし宜しければ、
私達と一緒に成仏しませんか?」
と言う、
ボランティア活動まで
しているのだ。
(ちょっと笑えるじゃないか!)
そう思いながら、
口元がニヤけてしまった。
その時、
利秋は
薄暗い路地の入り口に、
小さな、
二人の子供の姿を発見した。
シマモトが教えてくれた通りに
「光が浮いて…見える…」
五歳ぐらいの男の子が、
三歳くらいの
女の子の手をギュッと握り
通り過ぎる人達の顔を、
必死の形相で、
下から覗き込む様にして
誰かを探しているのだ。
「シマさん、あの子達…」
利秋はそう言って指をさした。
シマモトは子供達の顔をジッと見つめると、
「利さん、当たりです!
可哀想に、
誰かを探しているみたいですね」
シマモトと利秋は
子供達の前に飛んで行き、
二人の前に
フワッとしゃがみ込み、
子供達と目の高さを合わせると
「こんにちは、
僕ちゃんと、お嬢ちゃん。
お二人は、
誰かを探しているのかな?」
シマモトの
優しい声の問いかけに、
女の子は震えながら…
「…お爺ちゃん…」
と言った。
二人は既にベソをかいている。
利秋は胸が苦しくなり、
思わず二人を抱きしめてしまった。
そして
子供達の耳元で
「お爺ちゃんが、大好きなんだね」
そう尋ねると
男の子が
「お爺ちゃん…
ご飯を食べさせてくれるんだ…」
と答えてくれた。
「そう…優しいお爺ちゃんだね!」
そう言って
男の子の顔を見ると、
口の周りに
畳の草が付いている、
横を見ると、
女の子の
口の周りにも草が付いている…
食べ物が無くて、
畳をかじったのだ。
シマモトと利秋は、
言いようの無い怒りで
身体が震え出して来た。
当然
二人を捨てた親に対してである。
「御名前を教えて貰えますか?」
利秋が尋ねると
「僕はユウト…」
「私、カリン…」
「おじさんは、利秋って言います。
此方のお兄さんは
シマモトさんです。
シマモトさんはね
何だって
出来る凄い方なんだよ、
何か食べ物を出して貰おうか?」
二人が嬉しそうに頷くと、
シマモトは、
すぐさま目を閉じて
念じてくれた。
子供達から見れば
(お兄さんが目をつむった…)
そう思った次の瞬間、
シマモトの両手の上には、
ハンバーガーとオレンジジュースが!
子供達の嬉しそうな顔。
シマモトは優しく微笑みながら
「どうぞ、召し上がって下さい!」
と言うと、
二人は食べたい気持ちをおさえて、
首を傾げている。
シマモトはすかさず言葉をかえた。
「ごめんね!食べて良いんだよ!」
子供達は満面の笑みを浮かべて
ハンバーガーに、
かぶりついた。
シマモトは更に
「オムライス、ケーキ、アイスクリーム!」
子供達が好きそうな物を念じてくれた。
とにかく二人の嬉しそうな顔。
どれだけお腹が空いて居たのか…
貪る様に食べている。
利秋が思わず
「今の日本で…餓死って何だよ」
そう呟きながら
唇を震わせて居ると、
シマモトは利秋の肩を摩りながら
「利さん実は、
こういった子供さん達、
けっこう多いんですよ」
「えっ?そうなんですか?」
利秋は
鼻の奥がツンとしてしまい
涙を堪えるのが大変だった。
一通りを食べ終えた二人は
落ち着いたのか
シマモトと利秋に対して
愛想笑いをして居る。
「こんなに小さな子供なのに、
怯えながら
大人の顔色をうかがう、
術(スベ)を身につけています。
きっと親から
散々叩かれたんでしょうね…」
シマモトの言葉を聞いた利秋は、
とうとう
堪えきれずに、
涙をこぼしてしまった。
シマモトは二人の頭を撫ぜながら
「貴方達のお家に行っても良いかな?
お家の場所分かる?」
と、尋ねた。
二人は満面の笑みを浮かべ
同時に頷いてくれた。
本当は聞かなくてもいい、
シマモトにかかれば
その人に触れただけで、
どんな生き方をして来たのか、
何処に住んで居たのか
全て分かるのだ。
シマモトが
あえて二人に尋ねたのは、
自分達はちゃんと
お家の場所を知っている
賢くて、しっかりとした
子供なんだよ
と言う自覚を、
思い出して貰いたかったのだ。
シマモトが男の子、
利秋が女の子を抱っこして、
四人は
2DKのマンションの前に立った。
シマモトは二人に
「今から御部屋の中に入るけど、
ユウト君と
カリンちゃんは
目をつむっていてくれるかな」
二人は小さく頷くと
目をスッと閉じてくれた。
きっと二度と観たくない
光景なのだろう。
部屋の中は散々たるモノである。
ゴミで散らかった部屋の中に
二人の亡骸が…
汚い布団の上で、
お兄ちゃんが
妹に毛布を掛け…
妹をしっかりと抱きかかえて居た。
近くまで行くと、
顔や腕や足に
叩かれた後の
青あざが見える
きっと身体中に有るのだろう…
育児放棄、幼児虐待である。
利秋は声を押し殺しながら
怒りをあらわにした。
「親の言い訳などは、
聞きたくも無い!
育てられないなら
施設に預けろよ。
役所の人が親切に
手続きをしてくれるから。
親切な人がいない時は
警察署に行けよ
「助けて下さい!
私…いけない事を
してしまいそうです」
そしたら
優しい警察官の人達が色々な所に
掛け合ってくれるから!
だから…
虐待はするなよ…」
そう言って
カリンをギュッと抱きしめた。
二人とも目をつむったまま
怯えて居る。
シマモトもユウトを
ギュッと抱きしめながら
「よし!もう此処には二度と来ない!
皆んなで上に上がろう、
優しいお姉さん達が
ユウト君とカリンちゃんを
大事にしてくれるからね、
お友達も沢山いるよ、
さぁ行こうか!」
四人はマンションの屋根を突き抜け
上空に出て行った。
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