●前回のおさらい●
自体は飲み込めないが。
何故か、今まで見るだけだった世界の歩美ちゃんの体が動かせる様になった歩美ちゃん。
困惑は隠せないが、時間がないだけに『あの凄惨な事件を起こさない為に』動き出す。
「あれ?歩美、豪く早いわね。今日、休みじゃ無かったっけ?」
「あっ、あっ、あの」
感覚では毎日逢っていたが、直接的に自分の意思をもって、久しぶりに逢う母。
動揺が走る。
「なぁ~に?」
「お母さん!!」
こんな事をしている時間は無いんだけど。
こんな事をしている場合でもないのも解っているんだけど。
懐かしさの余り、泣きながら抱きついてしまう。
「なになに、どうしたのよ?」
「お母さん!!お母さん!!逢いたかったよぉ」
「どっ、どうしたの?怖い夢でも見た?」
母にすれば意味が解らないのは、当然だ。
昨日だって、一昨日だって普通に顔を合わせて逢ってるんだから、理解出来る筈がない。
それでも私は、母から抱きついて離れない。
けど、話を合わせなくっちゃ。
「うっ、うん」
「もぅいつまで経っても甘えたさんなんだから……どんな夢見たのよ?」
「うぅん。もう大丈夫だよ」
そう言って、そっと母から離れる。
母は、一瞬だけ、少し不安そうな顔をして、私を見る。
「そう、なら良いけど。心配事が有るんだったら、ちゃんとお母さんに言うのよ」
「……うん」
「じゃあ、お母さんは、朝食の準備が有るから戻るわね」
「うん。大丈夫。もぅ心配ないよ」
「そっ。じゃあ、朝食にするわね……ご飯食べるでしょ」
「あっ、お母さん。今日は良いや……ちょっと、どうしてもしておきたい用事が有るんだ」
「そう、なにが有るのか知らないけど、気を付けて行くのよ」
「うん。ありがと……さよなら」
「へっ?何か言った?」
「うぅん、なにも言ってないよ。行って来るね」
母の後姿を見詰めながら『もぅ逢えないかも』っと思うと、自然に『さよなら』の言葉が出てくる。
私も、こんな都合の良い話が、長く続くとは思っていない。
所詮この体は、私のものであって、私のものではないのだから。
恐らく、事が終われば、体は自然に、本当の持ち主に帰る筈だ。
だとすれば、私は元の世界、もしくは、あのまどろんだ世界に戻るしかない。
だから、こうやって母に抱きつく事も、もう出来無いだろうし、もぉ他のみんなと接する事も出来無い。
……けど、せめて精一杯、今日1日を生きさせて貰おう。
新たに決意を固めて家を出た。
***
2004年08月19日 AM07:34 氷村邸前
『ピンポーン』
インターホンを鳴らすのは一度だけ。
いつもの様に、連続で多くを鳴らす気はない。
まだ時間も早いし、おじさんや、龍斗が、夜遅くまで仕事をしているのを知っているからだ。
時間に押されているのは事実だけど。
自分勝手な思い込みだけで迷惑をかける以上、此処は、ただ待つのが好ましい。
それに龍斗を、此処で捕まえる事さえ出来れば、時間の問題は一気に解消される。
今日1日、なにが有っても、彼を拘束すれば良いだけの事。
だから、何度も押す必要性はない。
暫くして、漸く扉が開いた。
出てきたのは龍斗。
まだ少し寝ぼけた顔をして、パジャマのままだ。
「んっ?なんだ歩美かぁ。どうしたんだよ、こんな朝っぱらから。それに、いつもなら何回も鳴らすくせに、来客かと思ったぞ」
「あっ、ごめん、なんでもないんだけど……いつもより時間が早いから、迷惑かなっと思って」
「そっか。……んで、こんな早朝からなんか用か?」
「うん。実は、お願いがあって来たんだ……ねぇ、龍斗。突然なんだけど1つ我儘言って良い?」
「おいおい、突然だな。まぁ別に良いけど……なんだよ改まって」
「うん。私の一生のお願いだから、今日1日、私と一緒に居てくれないかな?」
「はぁ?なんだよ、藪から棒に。なんかあったのか?」
「ダメかな?」
龍斗は、少し困った様な顔をして、私を見詰める。
多分、私の心理状態を読んでいるんだろう。
「明日じゃダメなのか?」
「うん。絶対にダメ。……今日じゃないと意味がない」
「そっか。しかしまいったなぁ。今日はどうしても行かなきゃいけない、大切な打ち合わせが有るんだが……それでもダメか?」
「……うん。ごめん」
「まいったなぁ。その様子だと、ただ事じゃないんだろ」
「あっ、うん」
本気で困っている様子だ。
仕事上、相当、重大な打ち合わせなんだろうな。
でも、あの出来事を回避する為にも、今日は1日外には出て欲しくない。
私と、龍斗が一緒に居れば、最低限、あの忌まわしい問題だけは起きない筈だ。
だから絶対に、何が有っても一緒に居ないとダメ。
「そっか。じゃあ取り敢えずだけど、親父に相談してみるわ。まぁ、だから、今の時点ではハッキリとは言えないなぁ」
「お願い……大事な仕事が有るのは解るよ。でも、今日は、今日だけは、私と一緒に居て。もぅ二度と、こんな我儘言わないから」
「歩美?……お前、どうかしたのか?」
「……多分、信じて貰えないよ。こんな話」
「どういう事だ?」
「……今日、私、殺されるかもしれないの」
「なっ!!」
事情も解らずには、仕事を休んでくれないだろうし。
龍斗も、イキナリそんな事を言われても、納得出来無い。
だから、自分の置かれた立場を、彼に伝えるしか手がない。
信じて貰えるか、どうかは彼次第だが……
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