程なくして、井上邸が見えて来た。
いつの間にか改築したのか、以前よりも、少しだが家が大きくなっている様な気がする。
それを見た俺は……オイオイ、歩美って、家が改築出来る位に稼いでるのか?
すげぇな。
なんか久しぶりなのと、家が、やけにデカクなった事に、無駄な緊張が走る。
だが、この緊張に関しては、即座に却下する。
理由はシンプルに、家の前で、ズッとまどろんでいても仕方が無いからだ。
だからチャリンコを、彼女の家の前に止めて、呼び鈴を押す。
「は~い。どなた~?」
おばさんの声だ。
何故だか、この声も久し振りに聞いたのかして懐かしく感じる。
でも、いつも鍵を開けっ放しにして、歩美に怒られていたイメージのおばさんが、インタ-ホン越しに話す事にすら違和感を感じ得ずにはいられなかった。
―――また俺は、少しの不安が過った。
あいつが『芸能人』になってから、この辺に、変な奴でも増えたのかと心配になる。
「御無沙汰してま~す、氷村です」
インターホン越しに返事を返す。
「あら、龍斗君、早かったわね。開いてるわよ。ど~ぞ」
オイオイ、開いてるのかよ!!
……俺の心配した分を返して欲しいもんだ。
まぁ気を取り直して……
「お邪魔しま~す」
勝手知ったる他人の家。
前と変らない様に、いつも通り、ズカズカと家に上がる。
そこで、おばさんが出迎えてくれた。
「もぅ久し振りじゃない、龍斗君。アンタ、また男前になったんじゃない?」
おばちゃんは、相変わらずの俺のファンらしい。
……最高に見る目がある。
「そうかなあ。自覚は無いけど俺、元々、男前だし……それにオバちゃんの方こそ、どうしたの?前にも増して綺麗になってる」
なんて、歩美と一緒に通学していた時のノリで、おばちゃんと話す。
実は、そんな事を言ってるが、此処のおばちゃんって、滅茶苦茶若いんだよな。
顔も可愛いし、下手すりゃ歩美の姉妹とか言えば10代でも通るんじゃねぇのか?
「はははは……アンタは、いつまでも変わらない子ねぇ」
―――勿論、聞いての通り、喋らなければの話だが……
更に、言い終えると同時に、左手で自分の口を押さえて、右手で俺の肩口に『パシッ!!』と平手を喰らわせる。
これぞ関西のオバチャン・スタイルだ。
それにしても……この肩から脳髄に伝わって来るパンチ力は、どうやらオバサンからの遺伝らしい。
―――あいつと同じか。
いや、もしくは、それ以上に痛みが突き刺さる。
流石元祖、威力も、蓄積率もハンパねぇ!!
そうやって、玄関先で少しの間おばさんと歓談していると、奥から歩美が出て来た。
「なにそんな所で、人のお母さんとじゃれあってんのよ……早く、上がりなさいよ」
「おっ、そうだな、お邪魔するよ~」
「何処の飲み屋の客よ」
言いながら、歩美は奥に進んで行く。
その後ろ姿には、花束を抱き締めているのが良くわかる。
―――はは~ん、さてはコイツ。
俺様の愛情たっぷりなプレゼントのお礼を言う、タイミングを完全に逃したな。
「なぁ、ところで歩美。花束届いたか?」
「あっ……うん」
赤らめた顔で振り返って、可愛い反応をした。
「ほら、歩美も、一応、女の子だから『花束』……喜ぶかなって思ってさ」
「えっ……あっ……ありがとう。でも……アンタは、いつも一言余計なのよ」
「まぁまぁ、こんな所で立ち話もなんだし、龍斗君あがったら、どう?」
俺が見蕩れてるのを悟った様に、おばさんは部屋に案内してくれた。
ただなぁ……そうやってズカズカと上がって行ってはいるんだが、どうにも奥から、聞き慣れた2つの声が聞き取れるんだよなぁ。
……なにか、イヤナヨカンガスル!!のは何故なんだろう?
タラタラと、本気の嫌な冷汗が出て来た。
そして、意を決して、部屋に入ってみると。
案の定、そこは『パラダイス』……ならぬ『デス&ヘル』が待ち構えていた。
「よう、タツじゃないか。なんだオマエ、豪く遅かったな」
なっ!!オ~ヤ~ジ~!!
テメェなんで、此処に居やがるんだ!!
しかもそれ、俺の買ってきた新品のシャツじゃねぇか!!
なに勝手に着てるんだよ!!
ってか、なんでもぅ出来上がってるんだよ、オマエは!!
少しは自重しろ!!
「おぉ龍坊、何してた?また、どっかで悪さでもしてたのか?俺を待たすなんて良い度胸だな」
げっ!!カメラマンのサ~エ~キ~ジジィ、オマエもか!!
だから、なんで始まる前から出来上がるんだオマエラは……
それと、その無駄にデカイバックには何が入ってんだ?
変な事を考えんじゃねぇぞ、糞ジジィ!!
「初めましてかな?龍斗さん」
…~…~…~~~??!!
……誰?
……いや、マジで誰だ?
全く見た事もない知らない女の子がいるぞ。
……ダレダコイツハ?
それにしても、何処かで見た様な気がしないでもないな。
何所だっけ?
まぁいいか。
どうせ歩美の友達かなんかってオチだろ。
「あぁ~、ひど~い。繭の事を憶えてないんだぁ~。私、あゆちゃんと一緒に『国民性豊かな美少女コンテスト』に出てた『白石繭』ですよぉ~」
はい?『国民性豊かな美少女コンテスト』に出てた『白石繭』さんねぇ?
??…………はて、ダレダっけ?
記憶にねぇなぁ。
だったら、少しあの時の事を思い出してみるか……
・・・・・・
……あれ、ワカンネ?
でも、解らないなりに、思い出したフリだけでもしとこ。
こんなツマラナイ事で、歩美に怒られんのも嫌だし。
「あっ!!あぁ~~~!!」
取り敢えず、この程度の反応で良いだろう。
別に、俺と仲の良い友達でもないんだから、この程度で十分だろ。
「思い出してくれましたぁ~♪でも、なんかショック~。『知名度』低いのかなぁ~私ってば」
「龍ぅ~斗ぉ~!!あんたねぇ、繭ちゃんはコンテストで優勝した子だよ!!わざわざ私の誕生日だから来てくれたのに、失礼な奴!!」
ハハッ、ありがとう。
実にナイス・フォローだ、歩美。
君は、なんて良い彼女なんだ!!
惚れ直したぞ。
歩美のお陰で、記憶の彼方から、漸く、彼女の事を思い出す事が出来た。
あの、まぁまぁ可愛いけど、どこか『華の無い子』って、俺が言ってた子だ。
しかしなんだ?
歩美と仲が良いのかコイツ?
まぁどうでも良いや、全然興味無いし。
「いやぁ~~。ごめん、ごめん。実は、あの時さぁ。ずぅ~と、歩美に付きっ切りだったから、他の子の事、全然知らなかったんだよ。いや~、こんな可愛い娘がいたなんて気付かなかった。そりゃあ、優勝するわ、繭ちゃん」
「本当ですかぁ~。繭、可愛いですかぁ~?」
クッソ~~!!
面倒臭い、ヤナ質問して来るなぁコイツ!!
これじゃあ『あっち立てばこっち立たず』じゃないか。
しかも、此処は歩美の家。
当然の事ながら、歩美の両親もいる。
そんな状況下で、俺に何を求めてんだろコイツは?
馬鹿じゃないのか?
もう少し空気ってものを読めよな。
「まぁまぁ繭ちゃん。あんたの方が、ウチの馬鹿娘なんかより、ズゥ~と可愛いわよ」
「ほんとですか。おばさま、うれしい~♪」
喜んどる。
アホなの?
馬鹿なの?
空気読めないの?
大体、正直に言えば、お前なんか、歩美の足元はおろか、地面にも到達しておらん地底人だよ。
なんて、腹立たしかったので言い過ぎてみる。
それにしても、特筆すべきは井上親子だ。
俺も含めて、馬鹿の扱いにも慣れてるな。
素晴らしい。
「……じゃあ、時間も、そろそろ良い頃合だし。誕生会を始めたら、どうだ、母さん」
少し不機嫌そうに、誕生会の開始を促す歩美の父親。
「おじさん、ご無沙汰してます」
歩美の父さんは、なんかカッコイイなぁ。
親としての威厳も有るし、誠実そうだし。
当たり前なのだが、つい挨拶するのにも丁寧になる。
「あぁ、久し振りだね、龍斗君。元気にしてたかい?」
「お陰様で、なんとかやってます。おじさんは、どうですか?」
「元気でやってるよ。……まあ、それはそれとして、時間も時間だから始めようか?」
やっぱり、歩美のお父さんは理想の親父だ。
落ち着いてて、渋さがあるし、兎に角、カッコイイ。
に、くらべて、ウチのは……
……はぁあぁぁぁ~~~、誰がどう見ても、只の酔っ払い。
死んじまえ!!
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