【完結】クライカコ(丁度、文庫本一冊位の文章量です♪)

お互いの意思が通じ合っていても、必ず上手く行くとは限らないのが【恋愛】
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幸せと不幸の対価

女同士の会話

公開日時: 2021年8月20日(金) 00:20
文字数:4,647

 【幸せと不幸せの等価・井上歩美の場合】


3月7日 AM6:34 井上邸


『朝だぞ起きろ!!遅刻するぞ!!朝だぞ起きろ!!遅刻するぞ!!……』



「もう!!うるさいなぁ」


バコッ!!


恐らく約5分前から鳴り続けた。

起床を促すだけの、煩わしい何とも言えない電子音を出す目覚まし時計に……モソモソと掛け布団から右手を出し問答無用にチョップを食らわす。


―――当然、その一撃で、部屋からは音が無くなり一気に沈黙の世界になる。


そぅ、もうこれで私の安眠を妨害する物はいない。



「後5分だけ……おやすみ……」


そうやって得た静寂から、再び睡眠に入ろうとしたが。

先程、目覚まし時計を止める為に出した右手をしまい忘れ。


そこから強烈な寒気を感じ、瞬時にして眠気が吹き飛ぶ。



「う~ん……寒!!」


冷えた手を、素早く布団に入れて暖め様と試みてみたものの。

一度、寒気に触れてしまった手は、そう簡単には温まってくれる筈もない。



「もぅ……冷たいなぁ」


諦めの悪い私は、無駄な抵抗とは知りつつも、布団の中で懸命に手を擦ってみるが。

そんなものは、矢張り、先刻言った通り無駄な抵抗でしかない。


寧ろ、こうやって体を動かしているだけで、眠気はドンドン意識の端に追いやられ、目覚めの意識が逆にドンドン勝っていく。



「もぉ~~~」


3月の寒気に苦言を垂れながら。

何か納得のいかないまま、のったりとした動作でベットから体を起こし、ポリポリと頭を2回ほど掻く。


毎日そうなのだが、どうにも早起きと言うものには慣れない。



再びノソノソと動き出し、窓のカーテンを開ける。



「うわっ!!眩しい!!なんなのよもぅ」


眩暈がしそうな程の光量が、一気に部屋を照らし出し、瞬時に部屋は日の光で充満する。


それに耐え切れかった私は、みっともなくしかめっ面をしながら、鬱陶しい太陽の光を遮る為に右手でひさしを作った。


どうも、この辺は、少女マンガに出てくるヒロインの様に『良い天気~』などと言いながら、深呼吸をし、爽やかに小鳥達と戯れる朝を迎える事は出来無いらしい。


現実は中々厳しい様だ。



でもさぁ、実際の女の子の朝って、みんなこんなもんだよ……きっと。

等と、自分に言い聞かせて。

未だ完全に覚めていない目を擦り、ノタノタと洗面所に向かって歩き始めた。


―――でも、少しだけ言い訳をすると、私は普段から『こんな酷い状態』な訳ではない。


こんな状態になっているには、それ相応の理由がある。



昨日、親友の女の子に、少々厄介な頼まれ事をされたのが、その原因。


思い出しただけで、これまた気分が落ち込んでいく……


―――あの一件、どうしたものかな?


そう、昨日の放課後に、こんな事があったんです。


***


 3月6日 PM5:48 放課後陸上部部室


 3月になったのにも拘らず、相変わらず日が落ちる速度は、未だ冬と余り誤差は無い。

まだ18時前だと言うのに、外は早々と暗くなり始めていた。


私達一年生は、早急に片付けを終わらせて。

3年生の先輩達が引退により、やや広くなった部室で、他愛も無い会話をしながら着替えをしていた。



その時、突然その事件は起こった。



「ねぇ、そう言えば、前から気になってたんだけどね。……歩美ちゃんって、氷村君と付き合ってるんだよね?」

「へっ?」


本当に何の前触れも無しに。

小学校からの親友で、クラブ仲間でもある高井田那美は、そんな事を私に聞いてきた。


私は何の答えも用意していなかったので、ただただ素っ頓狂な反応をするしかなかった。



「何言ってんのよ。そんなの付き合ってるに決まってんじゃん」

「そっかぁ~、やっぱりそうだよね」

「そりゃそうでしょ。毎日学校には一緒に来てるし、家族同士の付き合いもある。それに歩美ってさぁ、自分が忘れ物したら、私達じゃなくて、絶対、氷村に借りに行くじゃん……これで付き合って無いって言うのは、どうかと思うよ」


中学に入ってから仲良くなった沢木奈々は、勝手に、そんな重大な事を決め付けて話を進めていく。


まぁ確かに、彼女の言う通り『アイツと、そうなれば良いな』っ感情は大きいんだけどさぁ。

……そんなに簡単に事が進む程、世の中上手くは出来ていない。


―――あの男、氷村龍斗は、明らかに、そんな男では無い。


私こと井上歩美は、そんなアイツと小学校からの『腐れ縁』で『幼馴染』

家が近所な事もあって、良く家族ぐるみで遊びに行ったりもした。


故に、仲が良いかと聞かれたら、そりゃあ仲は良いんだけど……まっ、その程度止まり。


アイツが私に恋愛感情を持つなんて話は、ほぼ有り得ない。


でもね。

私は、残念な事に、アイツに出会った瞬間から一目惚れしちゃった訳。


んで、あの男は、そんな私のピュアな気持ちにも全く気付く気配も無い。



故に、当然、そう言った素振りさえ一向に見せない。


寧ろ、いつも私に対する接し方は『からかう』か『おちょくる』又は『馬鹿にする位』が関の山。

所詮、私達って、何所まで行っても幼馴染の域を超えないんだろうな。



まぁそんな事は兎も角、兎にも、角にも、此処は否定だけはしとかなきゃ。


変な噂でも立ったら……ねぇ。


女の子同士の噂って怖いもんね。



「はぁ?なにそれ?冗談はヤメテよね」

「そぉ?そぉは見えないけどなぁ」

「あのねぇ奈々。さっきから聞いてたら、なに勝手な事バッカリ言ってのさぁ。勝手に決め付けないでくれない」

「またまた、そんな事を言いながら、本当は付き合ってんでしょ?」

「そぉ~~~んな訳は無いでしょ。大体さぁ、なんで私が、幼馴染ってだけで、あんな変人と付き合わなきゃいけないのよ」

「じゃあ、付き合ってないの?」


私がこういう反応したので。

那美から、やけに嬉しそうな感情が伝わってくる。


あぁダメだ。

この子も、あの男の毒牙に掛かっている。



「那~美~那美、歩美に騙されちゃダメダメ。ほら、歩美の顔を良く見てみなよ。まごう事無く真っ赤かじゃん。冬に、夕日なんておかしいでしょ」

「あっ、ホントだ。……歩美ちゃん、顔が真っ赤かだ」

「……」


私は、昔から嘘がつけない性分らしく。

自分では上手く嘘を付いたつもりでもいても、成功を納めた試しが一度も無い。


自分では平静を装ったつもりでも、感情が正直なのか、直ぐに顔に出るらしい。



きっと奈々の言う通り『真っ赤か』になってるのも事実なんだろうな。


でも、何も嘘は言って無いんだけどなぁ。



「ほらね。黙ったでしょ」

「……」

「そっかぁ~~~」


妙に納得した顔で、那美が私を見ている。

でも、何所か悲しい顔をしている様にも見える。


あぁ~そう言えば、那美は小さい時から、矢鱈とアイツの事が好きだとか言ってたなぁ。

だったら、私なんか気にせずにアタックすれば良いのに……ッと、その前に、ちゃんと言わなきゃ。


否定。


否定。



「あのねぇ~~~、奈々。顔が赤くなってるのは、意識もして無いのに、急に変な事を言われたからでしょ。誰だって、普通そうなるでしょうに……ほら、例えば、奈々だって、影山と付き合ってるなんて言われたら、きっとこうなるに決まってる」

「えっ?」

「ほらほら、ソッチこそ、どうなのよ?影山と付き合ってるの?」


私は、奈々の幼馴染、影山真一の名前を引っ張り出して、話を逸らそうとした。



因みにだけど、こちらの影山真一も、中々良い男で、女子に人気が高い。



「はぁ?どうも、なにも、私、影山と付き合ってるけど」

「へっ?」

「あれ?知らなかったっけ?」

「うっ、うん、初耳」


『意外~』って程ではないんだけど、少し驚いた。

奈々と、影山は、私の知らない所で付き合っているらしい。


なによ~~~、だったら、ちょっとぐらい相談してくれても良いのにさぁ。



「まぁまぁ、私の話はさぁ、どうでも良いじゃん。歩美の方こそ、どうなのよ?」


結局かぁ~。


どうやら、今日は、この話題から抜け出せないみたい。


完全に振り出しに戻ってる。



奈々は、からかう様に、そんな事を言ってきた。


イヤ、コイツ……完全にからかってるな。



私も止せば良いのに、少々ムキになってきた。



「だから付き合ってないって!!コクられても、あんな変人、コッチから願い下げよ」

「……ねぇ、歩美ちゃんは、ほんとに氷村君の事なんとも思ってないの?」


神妙な顔をして、そんな事を聞いてきた。


那美は、元々温厚で大人しい子。

それだけに、こう言われると、妙に迫力があるなぁ。


私は口に出した以上、後には引けなくなって、アイツの悪口を続けた。



「もぉ何言ってんのよ。ほんとにアイツの事なんか、何とも思って無いってば……大体さぁ、あんな変人、好きになる物好きなんているの?」

「……」

「ちょ……歩美」


奈々が何かを言いたげに、静止の言葉を掛けてきたが無視!!


これ以上からかわれて堪りますか。



「それにアイツってさぁ、ホントどうしょうもない馬鹿だし、デリカシーの欠片も一切無い、それに究極の変人だしね」

「そんな事無いもん!!」

「えっ?」

「氷村君は優しいもん。困ってる人が居たら、いつでも、絶対に助けてるもん。……変人なんかじゃないよ」

「歩美~~~っ、いくら幼馴染だとは言え、今のは言い過ぎ」

「ごっ……ごめん」

「那美もムキになって、そんな大声出さなくても良いの」

「……ごめんなさい」

「はいはい、じゃあ、この話はおしまい。着替えも終わったし、帰ろっか」


奈々は出会った頃から『姉御肌』の持ち主。

ニッコリ笑ってパンパンと手を叩き、この場の雰囲気を一転させてくれた。


この後は、奈々に言われた通り、帰り支度をしながら、私は、アイツが意外にモテる事を思い知らされていた。


言い忘れていたけど『高井田那美』は、学校中でも人気の高い女の子だ。

大人しくて清楚な感じが男子に人気。

競争率も高いし、何度もラブレターを貰っている姿を目撃した事がある。


それも1度や2度の事じゃない。


それでも彼女は、一度も交際をした事が無い。


勿論、好みじゃないのは仕方がないんだけど、女子に人気の先輩の申し出も断っている。



……それをアイツは。


―――やっぱり、モテるんだな。


そんな事を思いながら3人で部室を後にする。


***


「んじゃ、ちょっと、部室の鍵返しに行って来るね」

「「うん、じゃあ、校門で待ってるね」」


奈々は、足早に教務員室に向かって走っていく。


残された私達は、先程の事もあってか、言葉を交わす事無く、奈々が戻って来るのを校門で待っている。



「……歩美ちゃん、さっきはゴメンね」


お互いモジモジしながら、校門で奈々を待っていたんだけど。

沈黙に耐え切れなくなった那美が、意外にも、私より先に声を掛けてきた。



「うぅん。私も、なんか調子に乗っちゃったみたい。ゴメンね」


意外な程、素直に謝れた。



「うぅん。でも、やっぱり、歩美ちゃんは、氷村君の事よく見てるよね。私は上辺の彼しか見てないのかも知れないね」

「そんな事無いよ。那美の方が、アイツの良い所を見れてるよ……私はダメだな」

「……ねぇ。ホントは、歩美ちゃんも、氷村君の事好きなんじゃないの?」

「それは……多分、無いかな。なんか近くに居すぎて、そんな感じじゃないのかもね」

「……そっか」

「うん」


私は真っ直ぐな那美の心が受け止められずに、作り笑顔で嘘を言ってしまった。


またこのせいで、折角、奈々が納めてくれた話が再燃する事になった。



「……じゃあ、歩美ちゃん。1つお願いしても良い?」

「んっ?なに?」

「これ……私からのプレゼントなんだけど、氷村君に渡してくれないかな?」

「うっ、うん……良いよ」


複雑な心境とは裏腹に、差し出された物を受け取ってしまう。


こんな出来事が昨日あって。

翌朝、私は、やや不機嫌な状態で目を覚ました原因になった訳です。


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