あの後、誕生日会と称された『親父達の飲み会』はPM11:00を回るまで続いた。
そして、その中にあって、至極ショックな事件もあった。
歩美の親父さんも酒が入ると、人が変わった様に喋り出す『喋り上戸』
しかも最終的には、ウチのクソ親父や、佐伯のオッさんと、何ら変わらない只のエロ親父に変化。
この光景に俺は愕然とした。
普段は、あんな風に凛とした態度を取っている歩美の親父さんが、こんなふうになってしまうなんて……
上手く年を取るのって難しいんだな。
にしても、こういうのって、娘的には、どうなんだろうな?
やっぱ、嫌なもんなのかな?
それとも、家族だけに意外に見慣れてるのかな?
この辺については、機会があったら、今度、歩美に聞いてみよう。
因みに、この親父共の犠牲になったのは『白石繭』
流石に、今日の主人公である歩美は犠牲にはならない。
―――ってか、そんな事は俺が許さない!!
そんな訳で、現在オッサン共のお酌をさせられているホステスさんは白石繭さん。
頑張れ、白石繭!!
今の君は、きっと誰よりもキラキラ輝いてるぞ!!
そのまま一生頑張れよぉ~~~!!
***
そうこうしていると、飲み疲れたクソ親父WITHオッサンズは寝てしまう始末。
最後は、もう、何がなんだか解らない状況。
いつの間にか、歩美の誕生日なんて名目は、どこかに遥かに消えてしまっていた。
―――なんだこれ?
俺は、そんな無惨なオッサン共を尻目に。
ベランダに出て、吸い慣れたセブン・スターに火を着けて一服する事にした。
夜になっても、湿った空気が煩わしくも感じたが、そこは我慢する。
少しの時間、煙草を吸ってると、灰が下に落ちかけていたのに気付かなかった。
その時、気が利いた誰かが、灰皿を下に置いてくれた。
「落ちるよぉ~、龍斗君~。ダメだよぉ~」
「あっ、すいません。ありがとうございます、繭さん」
灰皿を置いてくれたのは、意外にもオッサン共のアイドル白石繭だった。
「中学生のくせに煙草なんて吸ってぇ~、悪い子なんだね~」
「いや、まぁどうも仕事柄、イヤな事も多いッスから」
「ふ~ん。そうなんだぁ~。繭もいっぱい、そう言うの有るよ~」
そう言えばそうだな。
人気が有る無しは抜きにしても、この人も芸能界で生きてる人間だったんだ。
まぁきっと、売れてない以上、男の俺なんかより、嫌な事も沢山有るんだろうな。
少しだが『可愛いけど華の無い子』って思っていた自分を反省した。
「繭さん。なんか悩みとか有るんですか?」
「いっぱい有るよぉ~。聞いてくれる?」
「まぁ、俺なんかで役に立つか、どうかは解りませんけどね」
償いの意味を込めて、少しだけなら力になろうと考えた。
まぁ最優先事項、どこまで行っても歩美であって、決して他の女の子では無いが……
「実は繭ね。コンテストで優勝したのは良いんだけど、実際は、あんまり売れてないんだよねぇ。だから今後どうしようかなぁ……なんて考えてるんだぁ」
ふぅ~~~、やっぱり、そう言う相談になるよな。
この業界で、一番難しい問題だからなぁ。
実力や、運の無い奴は、当然、最初に淘汰されて消えて行くのが『芸能界の掟』
だから、仕方が無いと言えば、それまでなのだが、歩美の友達が、無惨に消えて行くってのもなんだなぁ。
彼女は、その選択を迫られる立場の様だし、少々手を貸してやるか。
「そうですね。俺、正直言って、あんまり貴方の事を知らないですからね」
「正直なんだね。言い難い事ズバッと言うんだね」
おっとりした話し方をするから、子供っぽく少し怒って来るかと思っていたのだが。
少し年上の彼女は、意外にも大人の対応だった。
「すいません。歯に衣は着せれないもんで」
「良いよぉ~。事実だし」
「ごめん。嘘言っても仕方ないと思ったんで……」
失礼な事を言っているのはわかっている。
けど、真剣な悩み相談だったからこそ、適当に、はぐらかした言い方をする訳にも行かない。
罷り也にも、歩美の友達なんだし……
「じゃあ、酷い事を言った罪滅ぼし……してくれるかな?」
「……俺に出来る事なら」
「じゃあねぇ。繭と、あゆちゃんて、何が違うんだろ?……それ、教えてくれるかな?」
「なんだ、そんな事でいいんですか?」
答えは、完璧に出ている。
それだけに、この事実を、彼女に伝えて良いものか、悪いものかは微妙な線だ。
「俺、あんまり、嘘とか付けないですけど、良いですか?さっきより、傷付く事を言うかもしれませんよ」
「うん。嘘を言わずに、正直に教えて」
「じゃあ、ハッキリ言いますけど。繭さんは、余りセンスが無い事ですかね。……正直、今のままじゃ、自分を、全然生かし切れてないですよ」
「例えば、どんな所なのかな?」
「言うなればメイク、服装、髪型、全てですね。……何処か垢抜けて無いんですよ。だから、仕事の入りも、中途半端なままなんですよ」
彼女の為に、今、出来る事を懸命に考えながら口を開いて行く。
当然、売れたいと考えているのなら、それが彼女を傷付ける事になったとしても、言葉にしなくてはならない。
甘い気持ちだけでは、芸能界の荒波は乗り切れないからな。
それに、もし彼女が、本気で必死なんだったら。
スタイリストとして相談を受けた以上、そこは、きっちりと解答してあげるべきだ。
それを相手が受け入れられるか、どうかは、所詮相手の器で決まってしまうけどな。
「じゃあ、どうすればいいのかな?」
「俺、流石に、時間も時間だから、今日は何も出来ませんが。良かったら、明日、コスメやサロン、服飾関係の知り合いの店に、何店鋪かに電話いれときます。勿論、お金も掛かりますけど、その覚悟があるなら」
「厳しい事を言うけど。優しいんだね、龍斗君は……」
「別に、俺は、そんなんじゃないですよ。歩美の友達が困ってんのに、無視出来ないだけですよ」
「ふ~ん、良いなぁ、あゆちゃんは。こんなにカッコイイ彼氏がいて………でも私、解ってるけど、なんだか龍斗君の事好きになっちゃいそう」
「なっ!!」
意外過ぎる答えだった。
この子が歩美の友達だから『出来れば、歩美と一緒に売れれば良いな』と思って乗った相談が、豪い方に展開してしまった。
告白されたから言う訳じゃ無いけど『華は無い』が『素材』が悪い訳ではないんだよな。
かと言って、手を出す訳では無いけど……アイドルに告白されて悪い気はしないな。
「ねっ……龍斗君、キスした事は有る?」
「へっ?……あぁまあ、年相応には有りますけど」
言った瞬間、彼女の唇は、俺の唇に重なっていた。
「なっ!!」
「繭なりのお礼のつもりだったんだけど。嫌だったかな?」
「いや、あの~、そう言う訳じゃないんですけど……」
格好つけてた俺は、何所にやら……
明らかに動揺してる俺は、かなりの確率でショボイだけの中学生男子が表面化してしまっている。
でも、これはどう考えても仕方ない。
俺って忘れられてるかもしれないけど、まだ14歳なんだから……
キスの経験が有るって言っても、あの通学路での歩美としたキスの1回きりだし。
「ねぇ、龍斗君。セックスはした事はある?」
「えぇ~っと、いや、流石に、それは無いですけど……繭さん有るんですか?」
「うぅん、繭も無いけど。龍斗君とだったら、してみても良いかな~」
頬を赤らめながら、潤んだ瞳が、こちらを覗き込んでいる。
親父がよく『据え膳くわねば男の恥』なんて言ってるけど。
それを理解するには、矢張り、俺には経験値が少ないすぎる。
かと言って、全く興味が無いと言えば、絶対的に嘘になる。
どうしたもんか?
いやいや、何を考えてるんだ俺は……ダメだダメだ。
俺は、歩美としか、そんな事をしたい訳じゃない。
「いや、流石に、それは不味いですよ。繭さんはアイドルなんだから、自分を、もっと大事にしなくちゃ」
一応、正論ポイ事を言って断ってみる。
だから、これ以上は盛り上げないでくれ。
俺の自制心が持つか、どうか微妙すぎる。
やりたいか?やりたくないか?と聞かれれば、やりたくない訳じゃ無いんだからさぁ。
ばれなきゃ、興味は有るんだから……
―――でも、絶対やらない。
やってみたいけど。
流石に、やっぱダメだろ。
「私じゃ、全然ダメ?」
「いや、あの~、俺は、その~」
「ごめんね。無理言っちゃって。龍斗君、あゆちゃんの彼氏だもんね……それに、私、魅力無いもんね」
「ちが……そう言うんじゃないんだ。繭さんは、十分魅力的だよ。俺も、歩美がいなかったら断る理由なんて無い……でも、俺、今は、歩美の事しか見てないから……歩美としか、そう言う事したく無いんだ」
「そうだよね。ふられちゃったね、私……へっ?龍斗君?」
出来心とか、そんなんじゃなく。
心が働いて、無意識の内に、思わず抱き締めてしまう。
彼女は、震えながら泣き声を殺している。
出会いが遅かったのか……それとも、出会わなかった方が良かったのか?
仮に、繭さんと付き合っていて、その後に歩美が出てきたら……繭さんと、歩美の立場が、逆だったら、どうだったのだろうか?
でも、きっと俺は、それでも歩美を選んだのかもしれない。
『ガタッ!!』
突然、なんの気配もなかった筈の方向から、何かが倒れる音がした。
瞬時に振り返ってみると。
そこには、間の悪い事に、歩美が、こちらを見たまま立ち尽くしていた。
「アッ……ごめっ……龍斗……」
「ちょ……ちがっ……」
言った瞬間には、歩美は踵を返して走り出していた。
制止する声も聞かずに……
俺はアホだ。
どうしようもない救いの無いアホだ。
此処が、アイツの家だと、完全に忘れていた。
「行ってあげて……私は、大丈夫だから……ねっ」
「ごめん、繭さん……」
言うと同時に、歩美を追い掛けて走り出した。
少しだけ振り返ると、繭さんは、そこに泣き崩れていた。
これも1つの罪なんだろうか?
読み終わったら、ポイントを付けましょう!