「ねぇ、それだけ……なの?本当に幼馴染なだけ?」
そう言いながら、歩美は俺を見詰めてくる。
なにこれ?
歩美は、少し釣り上がった大きな瞳をこちらに向けて、そんな事を口走った。
オイオイ、急になにを言い出すんだ、お前は?
そんな事を言われたら、つい、本音を口走ってしまいそうになるじゃないか。
「それだけって、お前……」
「なんだ、それだけなんだ。……所詮、私の事を、幼馴染みとしか見てないんだ」
「クッ!!お前……それ……絶対に解ってて言ってんだろ!!」
「そう思うなら、ちゃんと言ってよ。ホントに、それだけなの?私と、アンタは、ソレだけの関係なの?」
「グッ……あぁっそ。じゃあ、言ってやるよ…………言うぞ。良いんだな」
確信犯だ。
絶対、確信犯だコイツは……
こんな風に、男の純情を弄びやがって………
だが、此れは、正にHIDEの歌にある『惚れた方の負け』の定義じゃないか。
俗に言う、完全に俺の負けの方向じゃないか!!
「言うぞ……ホントに良いんだな。言っちまうぞ」
脅すつもりで再確認した。
「はいはい、なにが言いたいのかな、龍斗くんは?」
俺の虚しい抵抗は。
こうやって、冷静克つ悪戯な顔をして、からかう様にジッと俺を見つめる目によって、終末を迎えた。
この小悪魔め!!
あぁそうですかい、そうですかい。
こうなったら、恥も外聞も捨てて言ってやる!!
―――でも、俺は、ただでは死なんぞ!!
こうなったら、お前も巻き添いじゃあぁぁぁ~~~!!
俺と一緒に、恥をかけ~~~!!
でも、結局は、俺も恥をかく羽目になるんだよな。
「おっ、俺……氷村龍斗は、井上歩美の事が、誰よりも好きだぁ~~~!!誰よりも愛してるぅ~~~!!付き合ってくれぇ~~~!!」
朝礼中の校門前だと言うのに、ヤケクソ気味に勢い良く大声で叫ぶ。
これぞ、俺の生き様だぁ!!
って、全然格好良くねぇし。
………………みっともないなぁ。
多分、俺のク-ルな生き方に反する、この恐ろしくもミットモナイ雄叫びを、今、校庭に朝礼に集まった(月曜日の全校集会中)全校生徒に聞かれてるんだろうな。
やっぱ、こんな無謀な真似は止めりゃあ良かった。
……もう死にたいよ、俺。
なんで、こんな事になっちまったんだろう?
―――しかも、歩美からの反応無しって……地獄だな、オイ。
「えっ?……ちょ……龍斗……なんで大声なのよ」
うん?
あれあれ、なにやら歩美の反応がおかしいぞ。
これってひょっとして、思いがけない俺の行動に、歩美の奴は照れてるんじゃないのか?
これは、俺が全く信仰していない神様のサプライズってやつか?
クックックッ、なら面白い事になった。
形勢逆転の可能性が、少なからず見えてきたぞ。
「なぁ、歩美。これだけ心を込めて言っても、ダメなのか?実は、俺の事、嫌いとか……」
ポケットに手を入れて、少しカッコを着けてみる。
これがカッコが良いのか、悪いのかは、よくわからないが、取り敢えずしてみる。
TVで、誰かがやってたしな。
「えっ?わたっ、わたしは……」
意外な出来事に、対応しきれていないのがバレバレ。
それに動揺も隠せないのか、歩美の言動はシドロモドロになっている。
馬鹿め!!男の純情を弄んだ罰じゃ!!
「あぁわかった。もうそれ以上は言わないでくれ。これ以上は、俺も、流石に立ち直れない。…………明日からは、また元の幼馴染みに戻るから。今日だけは、もぉ勘弁してくれ。……あぁそれと、恥かかして悪かったな。ホントごめんな」
そう。
『自分が全て悪い』みたいな言い方をすれば、女は、自然と素直になるもんだ。
『此れぞ、大人の必勝パターンだ!!』
……って、これも、こないだテレビで言ってた。
俺は、徐に、止めて置いた自転車の方に、肩を落としながら移動。
そして、歩美の方を振り向いて、力無く微笑んだ。
「ちょ、ちょっと、自己完結しないでよね。……私だって、龍斗の事……好きなんだから」
また、顔が真っ赤になっている。
―――でも、これが、コイツの本音だったら嬉しいなぁ。
「もぉイイって。そんな気を使わなくても良いんだ、歩美。無理しないでくれ。そう言うのって、フラレタ奴には、一番堪えるからさぁ……」
気落ちした男の振りは、損失感を演出してくれる。
こういう場面では、なによりシュチュエ-ションって奴が大事だ。
………って、これもまたテレビで言ってた。
「……もぅ、わからず屋なんだから…………」
そう言った後、歩美は。
何も言わず、モジモジしながら俺の方に歩み寄って来た。
目の前に背伸びをして立つ歩美の姿が、一瞬にして俺の視界は奪った。
次の瞬間、俺は、頭の中が真っ白になった。
歩美は、不意打ちで俺にキスをしてきた。
柔らかい唇からは、甘い吐息が混じり。
歩美の髪からは、朝のシャンプーの匂いがした。
今迄に体感した事の無い空間と、時間が俺の中で流れる。
少しすると、歩美の唇は、俺から離れて行った。
……名残惜しい。
「ファースト・キスなんだから、きっちりと、この責任は取ってよね……龍斗」
喜びよりも何よりも、なにが起こっていたのか、理解出来ずに立ち尽くしてしまう。
アイツのファ-スト・キスの相手が、俺自身だったと言う事にすら自覚がもてない。
我に帰る迄、かなりの時間を要した。
気が付いた時には、歩美は校門をくぐる手前だった。
「なっ……なぁなぁ、歩美!!此れって、OKって事かぁ~~~~!!」
自制心が利かずに、また、大声を出してしまう。
………ここら辺は、果てしなくガキな証拠だ。
まぁ餓鬼なんだけどね。
「そんな事、イチイチ口に出して聞かないでよ!!そう言うのは、自分で考えなさいよ……ばか」
照れた表情をし。
口に手を当てながら、元気に校門をくぐって行く彼女を見守る。
「や……やったのか、俺?……これって、やったんだよな?いや、やったんだよ!!やっ、やっ、やった~!!やったぞ~~~俺♪」
今になって、感動が押し寄せて来る。
……だが、世の中は、そんなに甘くは無いのは言うまでもない。
誰かに教えて貰った『幸せは、永遠には続かないもの』だと言う言葉すら、すっかり忘れていた。
不幸は、駆け足でそこ迄、確実にやって来ていた。
「なぁ~あ~、氷~村~君?遅刻の上に、朝礼までサボって、何が『ヤッタ~』なのかなぁ?その辺を、じっくり聞かせて貰おうか?……『生徒指導室』で、タップリとな……」
「あっ……はっ、はい。そうっすね、そうなるっすよね」
良い事の後には、必ず、不幸が付きまとう。
此れも『人生楽有りゃ苦も有るさ』の方程式なんだろうな、きっと。
それでも、この比率を天秤に掛けても、俺は、今、絶対に世の中で一番幸せだろう!!
これだけは断言出来る!!
……筈だったのだが。
実は、この後、もう1つの悪夢がオマケで付いてきた。
そう、不幸は、こんな小さな事じゃなかった。
今の大声の告白は、全校生徒に見られ、聞かれていた訳だろ。
だから、要するには、さっきの行為が1つの『伝説』として祭り上げられる羽目になったんだよな。
今日と言う日を境に、此れからズ~と永遠に『登校時に告白すると結ばれる』なんて、この学校の生ける伝説にされてしまったんだよな。
……トホホっと、しか言い様がない無様さだ。
比率は、矢張り、間違っていなかった。
……ホント不様だな、俺様。
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