2003年3月10日 AM8:12 氷村邸前
「おじさん、おはようございます。今日も寒いですね」
寒風が吹く、この厄介な冬と言う季節には合わない様な元気の良い声が、俺の家の前に響き渡った。
この無駄な元気な声の主は、恐らく俺を迎えに来た幼馴染の『井上歩美』だろう。
「おっ、歩美ちゃん、おはよう!!確かに、今日も寒いねぇ。……にしても、今日も元気だねぇ」
こちらも負けず劣らず、玄関前で元気な声を張り出すオッサン。
……非常に残念な事だが、コチラは俺の親父だ。
傍から見れば、こんな朝も早くから、ハイテンションな変な親父だが、この姿は仮の姿だ。
この親父、実を言うと、芸能界、つまりは業界では引っ張り凧の1~2を争う程のスタイリスト。
……で、俺のコーディネーターの師匠でもある。
まぁ早い話が、普段は、どうしようもない、ただの変なオッサンなのだが。
事、仕事に関してだけは、俺の頭が上がらない人間の1人ってな訳だ。
「へへぇ~~~。まぁ、私なんて、元気だけが取り柄ですからね。………ところで、おじさん、龍斗は?……まさかアイツ、まだ寝てるんですか?」
おいおい、なんて事を言うんだ君は……
オマエのそんなアホな発言は、ハッキリと家の中まで聞こえてるぞ、このバカチンが!!
こんなにも長い付き合いなのに、俺に対して、なんちゅう認識で生きてるんだ、オマエわ?
あのなぁ、歩美。
俺はね。
毎朝のAM6:00前には、髪のセットする為だけに起きてるんだぞ。
そんな俺を捕まえて、まだ寝てるって、なんだよ?
『身だしなみは男の基本』って言葉すら知らないのか、このバカチンわ?
ったく!!朝から失礼な奴だ!!
何が寝てるだよ、ボケ!!
「いや、多分、さっき洗面所でゴソゴソしてたから、起きてるはいる筈なんだが……朝から、何やってるんだろうなぁ、アイツわ?こんなに可愛い娘さんを、この寒空で待たせて」
「へっ?……ってもぉ嫌だなぁ、おじさん!!可愛い娘だなんて……」
ハハン、この口調は。
普段、言われ慣れない事を言われて、恐らく歩美の奴は照れてやがるな。
ただオマエさんさぁ、世の中には、社交辞令って言葉が有るんだぞ。
そう言うのは知らないのか?
良かったら、今度、国語辞典を貸してやるぞ。
まぁでも、この辺で俺が出て行かないと埒が飽きそうにないな。
……と、出て行こうとした瞬間、親父が新たに話し始めた。
「いやいや、歩美ちゃんこそ、何を言ってんの?君は、そこら辺のアイドルなんかより、ずぅ~~~と可愛いよ。おじさんが言うんだから間違いない。太鼓判押しちゃうよ」
ドアを開け様としてるのに、馬鹿親父が、又、イラン事を……
クソッ!!完全に出るタイミングを失ったじゃないか!!
「もぅ~~~、おじさんたら~~~本気にしちゃいますよ」
『バシッ!!』
「うぐっう!!」
どうせ歩美が、思い切り、親父の肩辺りを平手で叩いたのだろう。
地味に、親父の悲鳴が聞こえたのが、その証拠だ。
だが、茶番は此処までだ。
このまま話が続いたら、親父の身体が持たなくなりそうだし……なにより学校に遅刻しちまう。
第一アホらしくて、これ以上はマジ付き合いきれんしな。
故に、此処で、タイミング良く出る事にした。
『ガチャ』
「はいはい、なんか朝っぱらからウチの玄関口が騒がしいな。一体、俺ん家の前は、どうなってんだよ?それに……その見るに見兼ねる朝の援助交際的なスキンシップ。ホント、近所迷惑だから、マジで勘弁してくんねぇかな?」
「なっ!!……ちょ!!誰が援助交際よ!!」
赤面しながら、ムキになって全面否定をする歩美。
「はいはい。オマエだよ、オマエ、井上歩美さん、オマエの事だよ」
だが面倒臭いから、適当に受け流す俺。
「もう、人を待たせといて、なによ、その態度わ!!アンタ、頭おかしいんじゃないの!!」
そして、その反応に、頬を膨らましながら、異論を唱える歩美。
うん……オマエって、ほんと色んな意味で可愛いな、色んな意味で(笑)
「そうだぞ、龍斗!!父さんは、歩美ちゃんと話すのに、お金なんて払ってないぞ!!俺は、そんな情けない男じゃない!!」
話をどう勘違いしたのか、理解不明な事を言う馬鹿親父。
俺が言える事は……コイツ等……とんでもない馬鹿だろ!!
いつまでも、クスリとも笑えない様なコントばっかり、ぶっ放してんじゃねぇぞ!!
ホント、親父だけでも、サッサと死ねば良いのに。
なので、そんな面倒臭いだけの親父は無視。
ここはもぉ、もう1人のバカチンだけを集中して相手にしよう。
……にしても、朝から疲れるやちゃなぁコイツ等。
「はいはい、お待たせして申し訳ありませんでしたね。……噂の『そこら辺のアイドルよりも可愛い歩美さん』今日も、お綺麗なこって」
「なっ!!ちょ!!聞いてたの、アンタ?もぉ最低!!」
自分達の話を聞かれていた事に、顔を真っ赤にする。
兎に角、感情を隠せない典型的なタイプ。
単純バカチン。
「オマエは、アホなのか?最初から、全部、家の中まで丸聞こえだったよ。まぁ、普通、あんなに大きな声で喋ってたら、ご近所さんにも聞こえるわな」
「うっ!!」
地声が大きな彼女にとっては、仕方がない事なのだろう。
少しだけ可愛そうになったので、ほんの少しだけフォローしてやる事にした。
―――なんて慈悲深いんだ俺は。
まさに神の領域だな。
「……とは言っても。可愛い可愛い歩美さんに、この寒空の中お待ち頂いたのだから、優しい俺様は、この恥ずかしい事実を、学校では内密にしといてやるよ。ありがたく思えな」
「ばっ、馬鹿じゃないの!!もぅいいわ。別に、あんたを待ってた訳じゃないし。近所のよしみで誘いに来てあげただけなんだからね!!……まぁ、アンタのおじさんと話が盛り上がったってのだけは、認めてあげても良いけどね」
「さいですか、所で歩美さん……」
「なによぉ~?まだ、何か言い足りないの?」
「あぁ言いたいねぇ。オマエさぁ、時間……今、何時だか御存じですかねぇ?」
因に、俺の時計ではAM8:30位だ。
この時間は、絶対に間違いない。
なんせ毎朝、日課的に起きた時に、時報で時間を合わせるんだから、狂い様が無い。
さて、こうなると、何が問題かと言うとだな。
学校までの登校時間だ。
もう歩きだと、既に、間に合わない時間になっている。
俗に言う、このまま普通に通学したんじゃ確実に『遅刻』だ。
それ故に、バスに乗らないと間に合わないと言う意味合いでもあるな。
「もう、なんで、もっと早く出て来ないのよ~、アンタって人は!!」
「しらんがな」
「おじさん、もぉ遅刻しそうなんで行って来まぁ~~~す」
怒りながらも、綺麗にカットされた、やや長めセミの髪を靡かせて走り出す。
俺は、その後ろ姿を、毎日の様に見ている。
日々、毎日繰り返される光景だ。
アイツも実際、俺なんかを誘いに来ず。
普通に登校していれば、遅刻せず済むものを、歩美は懲りもせず、毎日の様に迎えに来てくれる。
俺は、そんなどこか律儀で、スットコドッコイな彼女を見ていると放っとけない。
早い話、俺は、なんだかんだ言ってても『井上歩美』の事が好きなのだろう。
―――ホント、親父の言う通り『オマエさんは、そこら辺のトップアイドルなんかより可愛いよ』
「オイ、タツ。オマエも、いつまで歩美ちゃんのバックスタイルを追っ掛けてるつもりだ?さっさと行かないと、オマエも遅刻するぞ」
「うっせい、大きなお世話だよ。って、ヤッベェ~~~。マジ、こんな時間だ。じゃあ行ってくんな、親父」
「おう、気を付けてな……いやいや、青春だねぇ~~~青い春してるねぇ」
親父が、何か気持ちの悪い事を言っている様だが、此処は無視!!
俺は、愛車のチャリンコに跨がり。
瞬く間に、先行して走っていた歩美に追い付く。
「HEYHEY、お急ぎだったら、俺の愛車に乗ってくか~~~?『アイドルより可愛い歩美さん』」
「うっ、うっさいわね!!アンタになんか乗せて貰わなくても、まだバスに間に合うわよ」
「ふ~ん、間に合うねぇ。間に合うんだぁ。……オマエの言う『間に合う』ってのは、出発したバスも込みの話なのか?ある意味、スゲェなオマエ」
やや下り坂な道をブレーキを掛けながら、歩美の真横を平走し、指でバス指しながらの動向を実況してやる。
そう、此処から見えるバスは、今ゆっくりプシューと言う音と共に扉が閉まり。
早々とタイヤの回転数を上げ始めている。
この状況では、どんなマーベェル・ヒーローが急いだ所で、間に合う事はないだろう。
「もう、なによ!!なんなのよ~~~」
それを見た歩美は、走っていたスピードを緩め、息を切らせながら苦言を垂れる。
「ついてなかったな、歩美。……じゃあな。俺はチャリだから、まだ間に合う時間なんで、お先に学校へ行くわ」
「へっ?」
「……ってか、遅刻はいけないなぁ、歩美さん」
意地悪くスピ-ドを上げて立ち去ろうとする。
勿論、そんな気は更々無いが、歩美の反応が面白そうなのでやってみる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、龍斗……」
思い切り焦っている声が聞こえたので、思い切り急ブレ-キを掛けて止まる。
「はい?なにか?ワタクシ急いでるんですが」
「そんな意地悪言わないで、チャリ……私も乗せて行ってよ」
訝し気な顔でお願いして来る。
不本意だろうが、これも毎日の事だ。
歩美が迎えに来て、俺が遅刻寸前で出て行く。
バスに間に合わずに、俺の後ろに2人乗りをして学校に行く。
これも、毎朝繰り返される出来事だ。
「へいへい、言うと思ったよ。ってか、そう思うなら早く乗れよ。マジで遅刻すんぞ。因に、後ろはステップしかないけど、大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
素直に返答して来た。
まぁ、そりゃあ大丈夫だろ……毎日乗ってんだから。
「ごめんね、また2人乗りする羽目になっちゃって……」
「なになに、いつもの事だし気にしてないよ。……まぁ、お前が太ってなかったら間に合うだろうしな」
こんな事を言ってるが。
決して、彼女は太っている訳ではない。
いや寧ろ、歩美が太っているなんて思った事すらない。
そして、それ故に、俺の通学用のチャリには、いつも2人乗り用のステップが装備されている。
軽い歩美をチャリに乗せて走る位、なんて事はないからな。
なので此れは間違いなく、俺が意図的に着けたものだ。
―――そぉ、これは、某赤い人もビックリな『歩美専用ステップ』な訳だ。
当然、今迄、他の女を、此処に乗せた事等無いし。
これからも、歩美以外の女性に、此処を使わせる気なども微塵も無い。
これこそが、正に『惚れた弱味』の証明と言え様……笑えねぇ。
「ねぇ、ねえってば。アンタ、なに悦ってんのよ?早く行かないと、本当に遅刻するでしょ!!早く行きなさいよ」
「へいへい。了解了解っと……ご要望通り、飛ばして行くぜ。歩美、落ちんなよ」
「うん」
歩美の、こう言う素直な所も好きなんだよな。
こうやってコイツと一緒に居るだけで、マジで幸せだわ(笑)
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