●前回のおさらい●
2人が結ばれた、あの歩美の誕生日から数か月が経った。
08月19日 AM10:50 氷村邸
実質、昨日は、かなり衝撃的な事があった。
此処最近では、俺と、歩美の仕事が多忙過ぎて、中々2人で逢えない状況が続いている中での出来事だった。
そんな時に、予想すらしていなかった様な出来事が起こった。
***
「あっ、龍斗……うん、私……ごめん。今日、今から逢えないかな?」
と言う内容の電話が、突然、歩美の方から掛かってきた。
仕事に空き時間が出来たのか、その時点では、良く解っていなかった。
けど、俺はと言えば、単純な事に嬉しさの余り有頂天。
これからの仕事を、全てキャンセルしてでも、歩美に会いに行く位の勢いだ。
しかし、そんな浮かれポンチな俺を尻目に。
電話越しの彼女の様子が、何か変な事に気付き問い質してみた。
……が、その時点での歩美は、一向に、なにも答える気配はなかった。
「とっ、兎に角、地元の駅の近くにあるファミレス待ってるから……出来るだけ、早く来て……」
焦った様に、それだけ言い残し……電話の通信をアッサリと切断。
何かが腑に堕ちない気持ちではあったが、残念な事に、今の俺にはそんな余裕は無い。
既に、俺の心は、アイツと逢えると言う一心のだけが先行していた。
だから、残った仕事を、全て親父に任せて、夢中でチャリを走らせた。
―――社会人としては失格なんだろうな、こう言うのって。
***
約束のファミレスに到着したのは、PM11:15。
もぅ本来なら、未成年が入店出来る時間ではないが、堂々と入って行く。
当然の様に、店員には止められたが、ドラマなんかでよく使う『偽造の学生証』を見せて、上手く騙し切って入店の許可を得る。
そして、キョロキョロと店内を見回してみると。
俺が店に入った時には、既に歩美は奥の席に着いて待っていた。
そんな歩美に俺は手を振りながら、席に向かい。
取り留めのない挨拶を済まして、席に着きながら『アイス・コ-ヒ-』を注文する。
席に着いた後は、久し振りの再会に興奮した俺は、1人でベラベラと喋るが……矢張り彼女の方は、一向に喋る様子がない。
それどころか、逢ってからもズ~と俯いたままだ。
こんな彼女の行動に不安を感じた俺は、真顔でこう聞いた。
「おい、歩美、どうしたんだよ?なんかあったのか?」
この言葉に反応して。
漸く、歩美は、真一文字に閉じていた重たい口を開いた。
「……驚かないでね」
「えっ?おっ、おう」
「実はね。私、芸能界辞め様かと思ってんの」
衝撃の告白だった。
どんな理由があるのかは知らないが、今まで必死に頑張ってきた『夢』を、アッサリ捨てると言い出した。
俺には良く解らない感覚だが、彼女也に何かの葛藤が有ったのだろう。
一瞬、声を荒げそうに為るが、まずは理由を聞いてみる。
―――なんにしても話はそれからだ。
「お前、それってどう言う……俺の知らない所で、なんか嫌な事でもあったのか?」
「うぅん。そんなのは全然無いよ。寧ろね、みんなに優しくして貰ってる」
「じゃあ、なんで、急にそんな事を言うんだよ?意味も無く『辞める』ってのは、流石の俺でも、納得は出来無いぞ」
「……」
少し溜を作ってるのか、また沈黙される。
その後、歩美は俯いたままだし。
俺もハッキリしない態度の彼女に、少々苛立ちを感じている。
―――なんか居心地が悪くて、雰囲気も悪い。
とは言っても。
歩美が、クダラナイ事で物事を投げ出すとも思えないし……一体、何があったんだろうか?
まぁ内容が内容なだけに、話し難い事なんだろうし。
コイツが話をする気になるまで、待ってやるのも悪くないか。
―――それでも一抹の不安は拭いきれない。
***
この後10分程、2人とも沈黙したままになる。
いい加減、業を煮やした俺は、出来るだけ当たり障りの無い言い方で、歩美に問いかけてみる。
「あのなぁ、別に、お前が言いたくなるまで、何時まででも待つつもりだけど……黙ってても、何も解決しないぞ。何があったか、ちゃんと説明してくれ。その為に俺を呼び出したんだろ?」
「うっ、うん…………あっ…………あの…あのね……龍斗……」
もう暫く沈黙するかと思っていたが。
どうやら、意を決したらしく、口を再び開き始めた。
「だから、どうしたんだよ……」
「……絶対……絶対、驚いて、大声とか出さないでね……」
「えっ?驚く?……あっ、あぁ、わっ、わかった」
なんとも言えない緊張が走る。
全身の毛が総立ちしているのがわかる程、ゾクッとした。
……にしても、驚くってなんだ?
一体、コイツは、今から何を言う気なんだ?
――― 一向に話が見えないぞ。
「赤ちゃん……出来たみたい……」
「はぁ?……あっ、赤ちゃんって、あの赤ちゃんか?」
突然の驚愕の告白に、脳味噌は、一瞬にして完全停止。
当然、思考回路も完全停止。
頭の中が真っ白で、何も考えられず、当たり前の事を繰り返し尋ねた。
「ごっ、ごめんね……やっぱり、こんなの無理だよね。迷惑だよね。こんな事……」
「ばっ、馬鹿か、お前は!!無理な訳無いだろ。それに、これ以上嬉しい事なんて無いよ」
「でも……だって……」
「だって?だってって、なんだよ?育てる自信でも無いんだったら、俺1人でも育てるぞ」
「馬鹿じゃないの!!なんで、そうなるのよ!!私の言ってるのは、世間体の話……こんな事、世間が認めるとは思えない」
意外に常識人で、しっかりしてる歩美には驚かされるが。
コイツは、少しだけ勘違いしている。
俺達は中学生とは言え、既に、お互いが、お互い自立している。
だから、そんな世間の事なんて関係無い。
誰が何と言おうが、俺は子供を堕ろす気なんて、更々無い。
―――まぁそこは、歩美がなんて思うか次第だが。
「アホかお前は?お前さぁ、どっかのドラマ(14才の母)じゃないんだぜ。状況が違うだろ。俺は、別に、お前の事を感情に任せて抱いた訳でもないし。あのドラマみたいな馬鹿な主人公でもないつもりだけどな」
「どう言う事よ?」
「もう俺達は学生とは言え、世間的にも認められてんだぜ。なら、子供が出来たぐらいなんの問題ないだろ」
「だけど……」
「ってもさぁ、お前が、どうしても嫌って言うなら諦めるけどな」
「……」
また歩美は口を閉ざしてしまったが。
此処で俺は一呼吸した後、ハッキリと自分の意思だけは伝えたかった。
歩美と俺の子供を堕ろすなんて、言語道断だからな。
「あぁやっぱダメだ。嘘はつけない……どうしても俺は、お前との子供が欲しいみたいだ。……まっ、仕事も頑張るから、よろしくお願いします」
「……龍斗……」
「何も心配せずに、元気な子を産んでくれよ、歩美」
この後、口を押さえて嬉しそうに歩美は泣いていた。
どうやら、色々悩んだ末に『中絶』する事を前提に考えていたらしい。
更には、俺も反対すると思っていたらしく、俺の言葉が相当嬉しかった様だ。
まぁ、そう考えるのは、当然と言えば、当然なんだろうけど、歩美に対する俺の気持ちに、認識が足り無すぎるぞ、オマエ。
聞く所によると、この事態は、両親や繭ちゃんにも相談しての事だ。
だがその際、意外だったのは、歩美の両親は『2人の事は2人に任す』と言ってくれたらしい。
此処まで俺達の事を認めてくれていた歩美のご両親には感謝しかない。
それと、親父が、早くから、仕事をさせていてくれた事にも感謝した。
思えば、この時が、2人の一番幸せに輝いた時だったのかも知れない。
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