「くっそっ!!いっ~~~てぇぇぇぇぇなぁぁぁ~~~……!!」
一瞬の出来事に、何が起こったのか全く理解出来ず、只、頭を押さえてアホみたいに転がり続けた。
それでも尚、そんな俺をあざ笑うかの様に電話は鳴り続けている。
「ったく!!何所の誰だよ!!休みの日ぐらい、ゆっくりさせろってぇの」
文句を口から垂れ流しながらも、嫌々、鳴り続ける忌々しい受話器を乱暴に取りあげる。
だが、電話口の先から聞こえてきた声の主は、思いも寄らない意外な人物からの電話だった。
「はいっ!!もしもし氷村ですけど。どなたですか?」
「もしもし、あぁ~~~、龍斗くん?憶えてる?井上のおばちゃんやけど?元気やった?」
井上のおばちゃん?
何処の井上だよ、ったく!!
頭の痛さから、イマイチ状況把握が出来ないまま、苛立ちが隠せない。
「あの~~~、失礼ですが。どちらの井上さんでしょうか?」
「なに言ってんのよ、龍斗君!!私よ私、ほら、近所の歩美のお母さん」
近所の歩美のお母さん?
って、歩美のお母さんじゃん!!
「あっ!!なんだ、おばさんじゃないかぁ。久し振り!!元気してたぁ~?所で、今日はどうしたん?」
「休みの日に、ごめんねぇ。実はね、うちの馬鹿娘が今日誕生日なのよ」
―――あぁなるほど、なるほど。
突然、なんの要件かと思ったら。
おばちゃん所の馬鹿娘が誕生日なんだぁ~~~。
そりゃあメデタイから、プレゼントの1つも持って行かにゃあならんな。
っておい!!
井上さん家のバカ娘って言えば、俺の彼女の事じゃないか!!
その俺の彼女の誕生日って事は……
しっ、しまった!!
これはまた、とんでもなく致命的なミスをしてしまったもんだ!!
自分の彼女の誕生日を忘れるなんて、俺はトコトンおマヌケさんだな。
そんな重要な事を、なに平然と忘れてるんだよ俺は!!
……あぁ、そう言う事か。
漸く、これで、今日の休みの謎と、親父の意図が読めたぞ。
大体、意味も無く、気の利く親父が、俺に無駄な休みなんてくれる訳ないじゃないか。
けど……クソ~!!あのアホ親父!!
それならそうと、もっと早く言えよな!!
なに考えてんだよ!!
「それでね。お祝をするんだけど。歩美が、どうしても、龍斗君に来て欲しいって、うるさくて、困ってんのよ」
おばさんは饒舌に話をすすめる。
その頃、後ろでは、歩美とおぼしき人間が、何やら怒鳴っていた。
「ちょっと、お母さん!!誰も、そんな事は言ってないでしょ!!ベっ、別に龍斗なんか、来れなかったら、来れないで、良いんだからね」
相変わらず素直じゃない歩美には、何故か安心した。
アイツは国民的なアイドルには成ったが、何も変わってないバカチンのままだ。
いや寧ろ、変わり様のないバカチンの様だ。
「あぁ~~~と、何時から始めるんですか?」
「一応ね。お父さんが帰って来たら誕生会を始めようと思ってるんだけど。それが大体8時位からになると思うわよ。どぉ、龍斗君は時間ある?」
「あっ、あぁ~~~、その時間帯なら、多分、大丈夫だと思うんで。お邪魔させてもらいます」
「じゃあ、8時くらいに家の方に来て貰えるかしら?」
「わかりました……じゃあ、またあとで」
誕生会に呼ばれて嬉しい反面、重大な問題が生じた。
プレゼントも、クソも、なにも買っていない!!
こりゃあ、どうしたもんかな?
……なんて、まどろんでも仕方がないか。
改めて、思考回路をフル回転させて、今後の事を考えるしかない様だ。
―――まずは、簡単に出来る事から始めよう。
こう言う場合だからこそ、無理しても仕方が無いからな。
なら、最初にどうするべきだ?
単純に考えるなら、まずはベタに『花』が良いだろう。
花を貰って喜ばない女性は、少ないという統計もある事だしな。
そんな訳で、受話器を即座にとり。
光速の速さでプシュを押し、俺が贔屓にしている花屋に電話を入れて、10.000円位の花束を注文した。
そして、花束の届く指定時間としてはPM7:30にしておいた。
こうする事によって。
恐らくは、俺が歩美の誕生日を完璧に忘れていた事に、アイツは気付くまい。
っで。
次に大事な事は本命のプレゼントの選択だ。
これが無いと始まらないし、それこそ買って無い事がバレたら、あの地獄のチョップで殺される。
だが、俺は間抜けではあるが、そこまで究極的な間抜けな訳じゃない。
此処で俺は、とある知り合いの服屋に電話を入れ。
前々から、歩美が欲しがっていたと思われる『冬用のコ-ト』を、実家まで持って来てくれる様に頼む為だ。
夏前に、冬物と思われるかもしれないが、勿論、これにはれっきとした意味が有る。
夏直前生まれの歩美の為に、今年の冬用に、前もって買って置いたと、言い訳する為だ。
う~ん、この当たりは、とても中学生とは思えない完璧な俺!!
…………ありがとう!!いつもTVで気の利く男を演じてる人。
アナタのお陰で、俺は窮地を脱する事が出来た。
***
アホな1人ボケ・ツッコミを入れてる間に商品が届く。
勿論、店員の人には、無理を言って持って来て貰ったので『すいません助かりました。オーナーによろしく言っといて下さい。必ず、この借りは、お返しますんで』と、だけ付け加えて置いた。
「さてさて、これでなんとか、完璧に誤魔化しきれそうだな」
時間を見るとPM7:40。
家が近いだけに、今から出掛けるとしたら、やや早いが。
このままの勢いで歩美の家に行った方が、気持ちが先行したみたいに見えて、良いかも知れないな。
そんな結論に至った俺は。
普段通りの服のまま、愛車のチャリンコに跨がって、歩美の家を目指してペダルを踏み始めた。
『それにしても、梅雨前と言っても、暗くなるのも早いもんだなぁ』とかクダラナイ思考を巡らせながらも。
久し振りに、ゆっくりと見た様な気がする『見慣れた周りの景色を眺め』ながら、足に力を込めて自転車を走らせた。
普通なら、これだけ聞くと『風が気持ち良い』なんて事を言うんだろうが、実際は、生暖かいだけだ。
―――6月の湿気って、ホントやだよなぁ。
そうしている内に、井上邸が見えて来た。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!