●前回のおさらい●
「氷村が歩美に気がある」と奈々は言うが。
それに納得しきれない歩美は、那美から渡してくれと頼まれた龍斗へのプレゼントを結局は返す事はなかった。
それが原因となって、歩美と奈々の2人は『絶交』までしてしまう。
3月7日 AM7:43 井上邸
暖かい朝のシャワーを浴びながら、そんな風に、昨日の事を思い出していた。
でも、なんで奈々は、あそこまでムキになる必要があったんだろうか?
昨日の自分は、とても人の事を等言えた義理ではないんだけど。
ぶっちゃけ、あの子が、あそこまでムキにならなくても良いんじゃないかな?とも思う。
翌々考えても見たら、高々、那美に頼まれたプレゼントを龍斗に渡すだけの事なのにさぁ。
―――奈々の奴、馬鹿みたい。
使っていたシャワーを、やや強めに壁に引っ掛けて、風呂場を後にする。
そこに母が声を掛けてきた。
「歩美~、ご飯出来てるわよ~」
「ごめ~ん、いらない」
「ダイエット~?」
「違うよ~。今日は、ちょっと急ぎなの~」
風呂から上がり。
バスタオルだけで、部屋に行き。
直ぐに身支度を整えて、那美からのプレゼントを龍斗に渡す為に家を後にした。
***
3月7日 AM8:20 氷村邸前
『ピンポーン』
今、私の中で最大の問題になっているアイツの家の前に立ち。
早速、一回インターホンを押してみたけど……何の反応も無い。
これは、いつもの事なんだけど。
今日に限っては、何だか、それさえもイライラさせる。
まぁ、龍斗のお父さんが居れば、大体、直ぐに、この一回のコールで出て来てくれるんだけどね。
故に今日は不在なんだろう。
『ピンポーン』
『ピンポーン』
『ピッピッピンポーン』
龍斗のお父さんが居ない事を良い事に、私は、何度も何度も連続でインターホンを押す。
―――もぅなによ!!あの馬鹿、早く出てきなさいよ!!
『ピッピッピッピッピンポーン』
私の指は、更に、加速してインターホンを押す。
「おいおい、勘弁してくれよ。人ん家のインターホン潰す気か、お前は?」
「うるさいなぁ。龍斗が、早く出てこないからでしょ」
「朝っぱらから、なに怒ってんだ、オマエは?」
「うるさい!!早く行くよ」
「おぉ怖ぇ」
「なんか言った?」
「んにゃ、なんも言ってねぇよ」
龍斗は、私のこの悪辣な態度にも、一切怒る気配は無い。
なんだかんだ言っても。
いつもコイツは、こうやって私の機嫌の悪い日は、私の要望に答えてくれる。
ほんと嫌な奴。
「……」
無言で歩く私の後ろを、口笛を吹きながら自転車を押して付いて来る。
「ねぇ……その口笛止めてくれない」
「あぁ悪い」
口笛を止めて、何事も無かった様に後ろから付いて来る。
こんなの私のただの言いがかりなのに……何で怒らないのよ?
「ねぇ……」
「おっ?今度はなんだ?」
「自転車なんだからさぁ。先に行けば良いじゃない」
「まぁ、確かに言われてみれば、そうだな。……んじゃあまぁ、先行くぞ」
「そうしなさいよ」
そう言って龍斗は、自転車に跨って行こうとする。
ただ、私の顔を見ると。
直ぐに自転車から降りて、溜息混じりに言葉を発する。
「はぁ~。まぁよぉ、お前が、別になにも話したくないんだったら、なんも聞かねぇけどさぁ、なんか悩んでんなら、話ぐらい聞くぞ」
「……」
「ダンマリねぇ。ふぅ~、お前さぁ……まっ、良いか。話したくないのに、聞くのは、俺のスタイルに反するからな。やっぱ先行くわ」
明らかに龍斗は、私の異変に気が付いていた。
何所までもお節介なんだから……
私は走り去ろうとする龍斗の袖を掴んで、引き止めた。
「ねぇ……ちょっと話があるんだ」
「良いよ。何なりと言ってみ」
「此処じゃ……ちょっと」
「そっか。じゃあ、親父も居ねぇ事だし家来るか?……それとも、どっかに別の場所に行くか?」
「うん。じゃあ、何所か行こうか……龍斗の家は、ちょっとね」
「そっか。じゃあ、どっか行くか。おい、だったら歩美、後ろに乗れよ。歩いてたら補導員に捕まるからよ」
「うっ……うん」
そう言って私は、自転車の後ろのステップに足を掛けて、いつもの様に龍斗の肩に手を置く。
私にとっては、生まれて初めてのサポタージュ。
本来なら楽しいものなんだろうけど。
那美と、奈々の件が引っかかって、今のところ余り楽しいものではない。
「んじゃあ、飛ばして行くぞっと」
「うん」
小さく答えるだけしか出来なかった。
それにしても。
龍斗の肩は持っているだけで、いつも、私に安心感を与えてくれる。
龍斗って、私に何かあったら、なにを先に置いても、直ぐに駆けつけてくれる。
コイツだけは、絶対に、何があっても私に味方してくれる。
私は、そんな龍斗に、いつも甘えてばかりだ。
―――情け無いな。
そんな最中。
坂を下る自転車はスピードがドンドン上がって行き。
風が耳元でビュービュー言い始め、何も聞こえなくなってきた。
普段なら此処で、龍斗の首元に抱きつく所なんだけど、私は風を感じながら、一言だけ小さく言葉を綴った。
「……大好き」
「んっ?なんか言ったか?」
「なっ、なにも」
どうやら私の精一杯の声は、龍斗の耳に届く事は無かったみたい。
こんな小さな告白程度では、彼の気持ちを揺らす事は出来無い。
これで自分の中の何かが吹っ切れた気分だ。
所詮、届かないなら声なら、私の意志なんて、そんなもんなんだろう。
―――相手を無視して勝手に諦める。
私は、本当にズルイ女だ。
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