「なんか調子が悪いな」
シートを叩いたり、チェーンやエンジン、マフラーを覗いたりする。
キーを差し込み、セルスイッチを押すと掠れた音だけが響く。
「どした? こんな時間に」
隣の家から出てきた平八。
軍手と鍬、肩にタオルをかけている。
「うぉ、お前こそ今から畑行くのか? 病み上がりのくせに、無理すんな」
「ちょっと、な。入院してる間に孫とひゅうちゃんがうちの娘と世話してくれたんだが、やっぱり気になるだろ。だからみんなが寝てる間にこっそり見に行くだけ」
「へぇへぇ、こいつの調子見たらすぐ寝るからな、倒れても助けてやれねぇぞ」
「あぁ、気を付ける」
平八は畑に向かって歩いていく。
真っ直ぐな体幹を持つ背中を見送った後、スーパーカブへ目線を戻す。
「うーん……バッテリーか?」
もう一度セルスイッチを押す。
何度か掠れた音を立てた後、小さく電子音が流れマフラーが震える。
ドが連打して鳴る。
「お、動いた。変な音は……なさそう、どれ、ちょっと走ってみるか」
ノーヘル、素手でカブに跨り、右ハンドルを回す。
音に導かれ、眠気を抑えて廊下を歩く小さな足。
トイレを素通りに勝手口を開けた……――。
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