【カルキノスハンター・ヒコヤン奮闘編~】
夥しい種の魑魅魍魎が湖底から水面までを支配し、まだまだ人智をしのぐ存在感を誇る神秘の暗黒領域……その名もビワ湖。言わずと知れた人類初の植民惑星ケプラー22bに存在する最大の淡水湖である。
ここはその巨大湖近くを流れるオーミナガハマ市の小川で、陸からカフェラテのような濁った水を延々と注ぎ続けている。
開拓移民達は健気にも力強く、地球由来の文明を維持しながら、日々の生活を切り開いているのだ。
簡素ではあるが、カラフルな服を纏ったB級奴隷の少年達が、ワイワイ騒ぎながら何かを物色していた。
「また見付けたぞ! ケプラーシオマネキの小さい抜け殻!」
「やったぁ! 皆で手分けして持って帰ろうぜ」
装甲殻類の脱皮した抜け殻は、乾燥させると自然に50個近くのパーツに分解する。今子供達の間では、そのバラバラになったパーツを接着剤で組み立てるホビーが大ブームで、ガンプラ並の人気を誇っている。中には塗装したり改造する奴まで現れて、とんでもない趣味の世界が広がっているのだ。
「もう夕方だ。本体のカルキノスが出る前に急ごう」
「最近、なぜか大量発生してるって父ちゃんが言ってた」
突如、土手の見慣れない穴から軽自動車ぐらいの大きさのレンガ色した物体が飛び出してきた。3つの影山がこちらに向かって滑らかに平行移動してくるのが見える。
「わ――ッ! カルキノスだ!」
「早く逃げろ!」
ケプラーシオマネキは片方のハサミがアンバランスに大きい種で、アリやハチのような社会性を帯びているのが特徴である。今接近しつつあるのは、トゲ付きの戦闘に特化した兵隊ガニで、真っ赤なボディからタイプは一目瞭然となっている。
「バゴリーニ! 何やってんだ!」
音楽の才能はあるが、どんくさい彼は河原の石に躓いて転んだのだ。
「食べられちゃうよ!」
バゴリーニが両手で顔を覆った時、ケプラーシオマネキの爪が彼の上着を挟んで破いた。中型カルキノスといえども子供相手、しかも集団で襲われれば、巣穴にまでお持ち帰りされ夕食の一品となってしまう。
「逃げろ! バゴリーニ!」
少年達の悲痛な叫び声が河原に響き渡る時、丁度アマゾネスの駐在巡査が通りかかった。
「あっ! お巡りさん。助けて下さい!」
群がる子供達を尻目に婦警さんは顔をしかめて呟いた。
「あ~、カルキノスの数がちょっと多すぎるわ……。今から署に応援を頼んでも間に合わないでしょうね」
「そんな! 友達をどうか助けて下さい!」
「無理、無理~。B級奴隷が少しばかり数を減らしても、誰も気にしないわよ」
その時シルバーのオープンカーが疾走してきて、慌てる広見巡査を土手下に転ばせた。そのままドライバーは簡素な橋の中央まで車を走らせ急ブレーキをかけると、フロントウインドウに設置された銃架に狙撃銃をセットした。
バゴリーニは3体のケプラーシオマネキに両手両足を挟まれ、巣穴に持ち去られる途中だったが、ドサッと川縁に落下した。見ると赤いカルキノスの右腕の大きい方の爪が3体分、拍子を刻むように次々と破裂し根元から折り飛ばされたのだ。
「大丈夫か? 太った少年!」
橋の上から誰かが、外套を翻しながら浅い小川に着地した……川面まで5メートル近くあるのに。
白い戦闘服姿の男が睨むと、ケプラーシオマネキはハサミ腕と共に戦意をすっかり失ったらしい。信じがたいスピードで一目散に逃げてゆくのが見える。
少年は赤いヘルメットを脱ぐ青年を見た。ストレートロングの金髪で宝石のような目を持つ、逞しい男の姿を。右腕に持つマークスマンライフルであるH&K G3SG/1の他、左腰にはバナナのように屈曲したグルカナイフを下げていた。
「あなたは……ひょっとしてヒコヤン! カルキノスハンターのヒコヤンですか?」
バゴリーニ少年が叫ぶのは無理もない。B級奴隷の身分に生まれながらも、その卓越したカルキノスハントの腕前を総督から評価され、S級奴隷に昇格した数少ない男……類い希なる戦闘力で100体以上のカルキノスをたった1人で屠ったという伝説のヒーローに命を救われたからだ。
「ハハハ、よせよ! 抱きつくのは」
ヒコヤンはバゴリーニの頭を撫でると、今度は土手を転がって泥まみれになった広見巡査を助け起こしに向かった。
「それでは、これで失礼します。お巡りさん、後は少年達をよろしく……」
夕食としてケプラーシオマネキの爪肉を3体分貰った子供達が、その目を丸くする。そしてヒコヤンは、ドアを開けずにロードスターの座席に飛び乗ると、エンジンの回転数を上げながら全速で街道を駆け抜けていった。
「い、いいオトコ……初めて……見た」
広見巡査はプルプル小刻みに震えながら、タイトスカートから伸びる太めの内股を擦り合せるように呻いた。その顔はアザラシとナイチンゲールを足して2で割ったような感じだった。
「ぼ、僕もいつかはS級奴隷に……ヒコヤンのようなSクラスになりたい!」
バゴリーニは砂煙を上げるヒコヤンの車影を、いつまでも夕日を背に見送ったのである。
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