目を覚ます。
天井が見えるが、意識を失う前に見た天井と同じような木目のものであるから、どうやら元の世界に戻っているということはないらしい。
体はピリピリして動かしづらいが、首だけをなんとか回す。
体の高さからして、ベッドに寝かされているようだ。
出来る限りの首を回してよくよく周りを見ると、私のジャケットもハンガーに掛けられている。
先ほどまでのことを思い出す。
帰ろうとして、ドアノブを握ったところで、衝撃があって私は倒れたのだ。
体がピリピリしてることからも感電のようなものだろうか。
しかし、意識を失って倒れるほどの感電をして生きてられるのかは甚だ疑問ではある。
防犯用といっても、過剰な電力であった。
なんとか上半身を起こす。
体をおそるおそる見てみるが、火傷でどろどろになっていたり、包帯だらけということはないのがわかって安心する。
体はまだピリピリして動かしづらいが、全く動けないということはない。
足指をなんとか動かして、足が動くのを確認していると、きぃ、とドアが動いた音がする。
音のした方を見ると先ほどの少女がいた。
「なんじゃ、もう起きたのか。」
ドアを後ろ手に閉めるとこちらをジロジロとみながらこちらに近づいてくる。
目の前まで来ると、私の左手を握ってプラプラさせた。
「ほぉー。あれだけの電撃が流れてまさか障害のひとつもないとはのぅ。」
やっぱり、あの電流は致死級だったみたいだがそんなものを防犯用に使うんじゃない。
この子の両親は何を考えているのだろうか。
間違ってこの子が触ったらどうするんだ。いや、そもそもこの子もちゃんと電流が流れることは知っているようではあるので、ちゃんとそこのところは教育はしているのだろう。
それにしてもである。
「あの、ところでここは?」
「うむ。床に寝かせたままでも良かったのじゃが、術の発動はこちらの不手際じゃったから、わし自らで運んでやったのじゃ。ふんす。」
ふんす、じゃないわ。こちとら感電で死にそうになっていたというのに。
パフェひとつ食べるために、命がかかりすぎている。
だが、一つ疑問がある。
「きみがここまで運んで?」
「そうじゃが。それがどうした。」
「えっと、他に誰か手伝ってもらったとかで?」
「そんなわけなかろう。そもそもこの家にはわし一人しか住んでおらん。」
ますますよくわからなくなってしまった。
まず、この少女は大人一人をどうやってベッドまで運んだのだろうか。
それに、一人で住んでいる?
どういうことだろうか。少し背伸びしたい年ごろでももうちょっとかわいらしい嘘をつくものだろう。例えば一人でお留守番しているとか。
「一人でここに?」
「ああ、なるほど。そういえばおぬしにはなにも話しておらなんだ。わしはこう見えてもれっきとした大人で、由緒正しい魔術師であるぞ。」
「はぁ。」
頭が痛くなってきた。感電のせいだろうか。
前回のことから、あまりこの世界において自分の常識が通じないことは多少理解していたつもりだったが、どうしたものか。ひとまず親無しであれば、私が社会的にも物理的にも死ぬ可能性はなくなった。
だが、こんな家に女の子一人というのもいかがなものか。私はとっと帰ればそれで済む話ではあるが、この子はこのままこの家に独りぼっちである。生活感から見て暮らしていくこと自体は問題なさそうだが、いかんとも後ろ髪を引かれる。
それにとてつもなく、腹が減っている。
どのくらい意識を失っていたのかはわからない。時計もないし、なにせ窓などない部屋だから外の景色から時間を図ることもできない。
私はパフェを食べるために一体何をしているのだろうか。
早くパフェを補給しなくては。
「その顔。おぬし信じておらんな。ならば―――グラーデ。」
少女が一言つぶやくと私の体がふわっと浮かびあがる。
「うわわわわっ!」
随分と素っ頓狂な声がでたが、いきなり自分の体が浮かべば誰だってそうなる。
その後はゆっくりまたベッドに戻された。
「ほれ。どうじゃ。」
前に遭ったあのへんてこな王様といい、どうやらこの少女も不思議な力を扱うようだ。
魔術師と自分で名乗るほどであるし、これが魔術なのだろうか。そうなると彼女の言っていることが本当である場合、目の前の少女はこの見た目で大人ということになってしまう。
「ちなみに、お名前と年齢は?」
「女性に年齢を聞くとはなんというやつじゃ。まぁ、よいよい。名はソフィ・エリクスハイム。年齢は29じゃ。」
「うそでしょ?」
「嘘なわけがあるか。ほれおぬしも名を教えんか。」
「あー。私は三輪義経といいます。」
「歳も言わんか。」
うぐ。根に持たれてる。ここは下手に反抗しないほうがよさそうだ。
「32歳です。」
「なんじゃ、随分と老け込んでおるな。まぁ、よいよい。ミワであるな。ではミワよ。おぬしは何をしにここに来たのじゃ。」
何をしにって、そんなものは決まっている。
パフェを食べにきたのだ。
だが、そんなことをばか正直に伝えてわかるものだろうか。そもそも私は現状不法侵入者である。
パフェを食べに他人の家に侵入したとはおかしな話だ。
ひとまず私は以前に経験したことも含めて事の経緯を始めから全て話すこととした。
「なるほどのぅ。甘味を求めて、この世界にのぅ。―――ってそんなことあるか! 異界から来たというのはまだしも、腹が減ってというのはなんの冗談じゃ。」
おお、見事なノリ突っ込み。
「その、どうして異世界からきたということは信じてもらえてるので? 自分で言っておいてなんですが、私は随分とおかしなことを言っていますよ?」
「異界からの来訪者というのは一度見かけたことがあったからのぅ。物珍しいことに変わりはないが。」
私以外にも異世界転移している同郷人がいるらしい。
「ふむ。じゃが、そのパフェとやらには興味がある。そちらの流行りなのか?」
「流行りというか、そこそこ昔からあるというか。」
ひとまず、パフェについて一通り説明する。
ソフィは何が楽しいのか、目を輝かせて話を聞いてくれていた。
しかし説明していたら、余計腹が減ってきた。
「話を聞くに、基本はパエンティアと同じじゃな。クリームなるものはよくわからんが。」
なんと。パフェに似たものがあるらしい。
―――た、たべてみたい。
電撃を喰らって失神までしたのだ。このまま帰ってしまうのも、もったいない気がしてくる。
いや、でもわたしにはジャンボクリームスペシャルいちごパフェが……。
いや、まぁよいか。
うん。お願いするだけならばタダだ。
この世界の貨幣は持っていないので、代わりに何を要求されるかわかったものではないが、ここはひとまず腹を満たしにいくべきだ。後のことなど腹を満たした後に考えればよいのだ。
「少し待っておれ。せっかくじゃ。わし直々にもてなしてやろうぞ。」
おや、これはまさかご馳走してくれるパターンだ。前回はたまたまタダ飯にありついてしまったが、今回もとは運が良い。
ソフィはそのまま部屋を出ていって、私は1人になった。
ベッドから抜け出して、立ち上がる。体に問題は無さそうだ。
ふむ。だが、ひとつ問題がある。
ごちそうになるのは良いが、もてなしてもらってばかりでは居心地が悪い。ここは彼女が戻ってくるまでの間に、何か代わりに渡せるものでもないか探すとしよう。
ソフィが戻ってきたのはおおよそ30分後であった。
ドアがきぃと鳴って、ティーセットのようなものを両手で抱えた彼女が入ってくる。部屋の中央に置かれている丸机にセット一式を置いた。
「ちぃと待っておれ。」
彼女はそう言うと、てきぱきとお茶の準備に取りかかった。
見るからに食器は金属製でガラス食器もある。前の料理店では全て木製であったから、随分と料理に対する印象が変わる。
お盆の中央には30センチほどの長さのある大きいガラス食器が置かれ、中には層で形成された虹色としか形容できない物体が敷き詰められている。
おそらくあれがパエンティアなるものだろう。
見た目は派手だが、要は味が重要だ。
だが、私がじっと観察する時間もなく、彼女の支度は終わったようである。
彼女はキョロキョロと周りを見周すと少し離れたところにあった椅子を丸机に持ってくる。
それで準備が完全に終わったのであろう、「ほれ。」と手招きされたので、私はそのまま椅子に腰かけた。
目の前にはお茶と虹色のおそらくパエンティアがきれいに並べられている。
「これがパエンティアじゃが、どうじゃ。おぬしの言うパフェとやらはこんなものか?」
「うーん。形状は似てますが、中身はまるっきり別物ですね。」
「ほぅほぅ。それでは作った甲斐があった。では食して感想を聞かせてたも。」
「それでは、いただきます。」
手を合わせる。
こういうときには、まず飲み物を一口ほしいものだが、生憎腹が減りすぎている。
私は置かれている小柄なスプーンを手に取った。パエンティアの虹色の層、その一番上の青い層にスプーンを少し突き入れる。予想とは反してサクッとした音が聞こえた。そのまま一口分を掬い上げる。どうやら一番上がサクサクしているだけで、その下はプリンのような艶々したものだった。
青い見た目のため、食欲を刺激するものではないが、今の私には関係ないものだ。
一息に口に入れる。
見た目通りのサクトサクとした食感とトロッとした食感が交互にやってくる。
甘い。ものすんごく甘い。なのに、くどさがない。強烈な甘味が舌と鼻を駆け巡った後には、何事もなかったかのように甘さがどこかにいってしまった。残響のような甘さだけが口に残る。そんなものだからまた一口、また一口と手が進む。あっという間に青い層は無くなってしまった。
ふぅ、一旦腹が落ち着いた。
ひとまず出されている飲み物に口をつける。
これも甘い。かなり甘さが口に残るがその後に使われているであろう葉の香りがすぅーと効いてくる。この後味は嫌いじゃない。
色々考えて、お茶も出してくれたようだ。
その後は赤、黄色、白、緑の順番に層を攻略していった。
赤は酸味の強めないちごのような層、黄色は卵に味は近いがしっかりとしたチーズのような風味のある食べごたえのある層、白の層は杏仁豆腐のような見た目でゆったりとした甘さの層、最後の緑は少し塩気のあるバジルのような層であった。
ちょうどよい塩気と甘味が交互に押し寄せてくるのは普通のパフェでは味わえない感覚だ。また出された甘いお茶も味に非常にマッチしていた。
ちょうど出された茶もきっちり飲み終わった。
「ごちそうさまでした。」
最後に手を合わせる。
かなり満足だ。まさかこれ一つでこれほどまでに満腹になるとは。これは夜ご飯はもういらないな。
「随分とうまそうに食べたのぅ。作った甲斐があったわ。」
ふとソフィから声がかかった。
そういえば、目の前に彼女がいることをすっかり忘れていた。こう言う食事は相手との会話も楽しむものだし、もてなされておいて一心不乱に食してしまっていた。
「ほれ。わしの分もやろう。」
彼女の前にあったパエンティアがこちらにズズと寄せられる。
見ると、私が食べていたものよりも小ぶりのものだ。
う、うまそうだ。
さっきまでは空腹に身を任せて食してしまったが、まだまだ腹には入る。
見るところ味の内容は同じもののようだ。
ゴクリ、と喉がなる。
これ以上は過剰摂取だと頭ではわかっている。
だが、前回のように二度と同じ場所で同じものを食べられないとするならば、ここは食べておくべきだ。
「い、いただきます。」
おずおずと私は彼女の分をこちらに引き寄せる。
そして1分もしないでグラスが空になった。
ばか野郎! 何普通に食べているんだ。
味わって食べるつもりが、満腹感しか残っていない。
ううぅ。さすがにこれ以上おかわりはねだれまい。
「大変美味しかったです。ごちそうさまでした。」
「そうかそうか。それはよかったのじゃ。して、お主はこれからどうする?」
どうするも何も帰る以外には何もない。
前にこの世界に来てしまった時もドアを開ければすぐに帰ることができた。今回もまぁ大丈夫だろう。
「名残惜しいですが、おいとまさせていただかこうかと。」
「外は森であるし、何の装備もなしに出れば命を無駄にするだけじゃ。」
「あ、いえ。外には出ません。たぶんそこのドアから帰れます。」
私が1番近くのドアを指差すと、ソフィはドアと私を交互に見た後に、口を尖らせてこちらをジロっと見やった。
「お主は何を言っておるんじゃ。」
「えっと、見てもらうほうが早いか。」
私は椅子から立ち上がって、ドアに近づく。
あとはーーーそうそう、忘れない内に。
「これは良ければどうぞ。」
私は懐からあらかじめ探しておいたものを取り出した。
「なんじゃ、これは。」
「お守りです。悪霊避けの効果があるとか。ご馳走いただいたお礼です。」
私はドアを開く。
よかった。入ってきた時と同じ場所に繋がっている。
振り向くとソフィが手のひらに乗った四角形の紙に包まれたお守りをじっと見ていた。
「では。ご馳走でした。ありがとうございました。」
ソフィがなにやら難しい顔をしてこちらを見ている。
これには覚えがある。
これはあれだ。上司が行為を寄せている女性は他の男性と付き合っていることを言うか迷った時の自分の顔。
目を逸らしたときに反射して見えた自分の顔だ。
「お主、気が狂うておるのか。それともわしをからかっておるのか?」
なんともまぁいきなりな話である。
ソフィが少しばかり悲しそうな顔をした気がした。別れを惜しんでいるとか、では無さそうだ。そもそも会ってからせいぜい数時間だ。
そんなことではないだろう。
「もしかして、見えていません?」
私の視線がキョロキョロとドアの先と彼女を行き来するものだから、彼女の顔がどんどん険しくなっていく。
これは、あれだ。頭がおかしいと思われているなぁ。
おそらく、ソフィにはドアの先の世界が見えていない。
それしか理由が見当たらない。
だが、一つ安心できたこともある。こちらの世界の人間は私の世界にやって来ることはできないのだろう。認識できない事象には干渉できないのは私の世界同様この世界でも同じようだ。
「では、またお会いすることがあれば。」
ドアの先に進む。私が出ていく瞬間、ソフィの声が聞こえた気がして後ろを振り返った。
だがあるのは元々のカフェのドアだけだ。
さて、私は元の世界に戻ってきた。
カフェの中にある時計が見えて、そこから考えるに異世界にいたのはおよそ3時間。
あまりにも簡単に帰ってこれているものだから、異世界に行っている実感はわきにくいが、腹にあるずっしりと重い満腹感だけが、私に現実を教えてくれていた。
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