異界料理譚

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スープとパン、金

公開日時: 2025年1月15日(水) 23:22
文字数:2,241

 「あんた、あたしに惚れたんじゃないんなら、あんま人の顔をじろじろ見るもんじゃないよ。」


 赤髪の40代ぐらいの女性に声をかけられてはっと我に返る。

 随分と外観からは想像もできない内装にずいぶんびっくりして、その後ぼーっと室内を見渡したあとに目についた女性を凝視してしまった。

 なにぶん、店内にいる人間と言えば、声をかけられた女性と入って右側に座ってスープのようなものを啜っている小綺麗な男だけだ。

 店員らしき女性は西欧系の顔立ちをしているが、どこの国の人間なのかは判別がつかない。だが、随分と流暢な日本語を話すものだから、日本に住んでいるのは長いのかもしれない。

 うーん。入る店を間違えたかもしれない。

 これは、最近見かけたコンセプトカフェとかいうものじゃないだろうか。店員も何か得も言われぬ雰囲気を纏っているし、これはかなり凝っているな。

 一瞬そんなことが頭をよぎるが、体は正直なもので、先ほどから何かしらの香辛料の匂いが鼻をくすぐっている。

 カレーではないが、ともかく腹の減る匂いだ。

 おそらく、座ってスープを飲んでいるあの男の料理に違いない。

 

 店に入ったからには一先ず座ろう。目の前にあるのは複数人掛けの丸いテーブルだ。

 店内には私ともう一人しかいないので、さすがにこれに座るのは憚られる。

 右手には小さいテーブルと椅子が二つ。それが2セットが並んでいるが、片方のテーブルに男が座っている。

 気分では小さいテーブルに座りたいが、そちらを選ぶと半強制的にほとんど相席のようなものになってしまう。

 仕方なく大きいテーブルに腰掛けて、空いている席に鞄を置く。せっかく入ったのに他人が気になって食事どころではなくなってしまうからなぁ。人も少ないし、私は食事が終わり次第にすぐに店を出るので問題ないだろう。


 それにしても良い匂いがする。もう腹は限界だ。なんだか店内は薄暗いし、随分と気合の入った内装だし、変な紫色の光源しかないが構うまい。こういったコンセプトカフェに入ったことはないが、こういうものなのだろう。

 さて、それではメニュー、メニューとテーブルの上を見渡すがそれらしいものはない。

 これは店員が持ってくるパターンだな。いや、待つのも手間だ。もう私の口はあの良い匂いのするスープのような料理の口になっているのだ。

 なんの料理かは判別がつかないが、ひとまずあれを頼もう。

 

 そんなことを考えていると先ほど声をかけてきた女性がこちらにやってくる。左手には深めの皿に、右手にはなにやら大きめの石のようなものを持っている。

 カチャンと皿が置かれた後に、先がかなり小さいスプーンのようなものが差し込まれる。

 おお、これはおそらくあのスープだ。匂いがまったく同じだ。私があんまりにもじろじろ見ているものだから、察して持ってきてくれたのだろうか。これは助かる。


 「大きさはどうする?」


 大きさ? スープはもう盛られているので大きさもへったくれもないとはおもうのだが、これはどういう事だろうか。それともこのコンセプトカフェ独自の何かか?

 私がきょとんとしていると女性はめんどくさそうに息を吐いてから右手に持った石を机に置いた。


 「ほら、どこで切り分けてほしいか言いな。」


 なんと。あの石のようなものは食べ物か。というより、いくらコンセプトカフェとはいえ机に食べ物を直置きをいかがなものなのか。

 だが、そんなことを言えばこの目の前の女性に怒鳴られるような雰囲気があるので、まずは半分でお願いしよう。


 「このあたりで、切ってもらっても良いですか。」

 「あいよ。」


 いつの間にか女性が左手に持っていたナイフでスパッと石のようなパンが半分に割られる。あんなに堅そうなのに随分とあっさり切れたようだ。

 中身を見てみると黒と白のマーブル模様だ。確かに中を見るとパンのように思えなくもない。

 女性が運んできたものはこれで全てだ。

 

 「ありがとうございます。」


 お礼を言った後にあらためて料理に目を戻す。

 おおー。これは中々うまそうじゃないか。

 パンを直置きにしたり、特にこれといってメニューも渡されないところに不満はあるが、そんなことは空腹の前には些細なことだ。

 それでは、いただきます。

 手を合わせてから皿に突き刺さっているスプーンに手を近づけようとすると、ぴしゃっと声をかぶせられた。


 「ちょっと、あんた。お代がまだだよ。」


 うん? お代? 今日はやたらと待ったを掛けられるな。

 先払いの店だったのか。料理屋にしてはめずらしいと思ったが、なるほどここはコンセプトカフェだ。いわばテーマパークなのだ。テーマパークには入場から料金がかかるものだし、確かに帰る時に入園料を払う場所などは聞いたことが無い。

 それにしても私の腹はもう限界も限界。爆発寸前だ。

 鞄から急いで財布を引っ張りだす。金額は聞いてなかったし、アプリとかクレジットカードが使えるとか聞けるような雰囲気でもない。スーツ姿で遊園地に来てしまったような気まずさがあるのだ。

 ひとまずは一万円があれば絶対に足りるだろう。


 「これで足りますか?」


差し出した一万円札を女性が受け取った。特に何も言わないところを見ると、大丈夫なようだ。

よし、これでようやく飯にありつける。おつりは適当に後からよこしてくれるだろう。メニューも後から見させてもらえば金額もわかる。

今はとにかく腹に何かを入れなければ。

さきほどから漂うこの香辛料の匂いがもうやばいのだ。どれだけ生唾がでたことか。

ゴクリっ。

むふふ。ではいただきま―――


 

 「なんだい、こりゃ。こんなもん使えやしないよ。」



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