「――――ありえない。」
ソフィは呆然と立ち尽くしていた。
魔術の使用には必ず痕跡が残る。魔力を何かしらに変換させる際には完全にそれが行われるわけではない。必ず何かしらのロスが発生する。
だが、いま目の前で起きた光景はそれとは全く違った結果をもたらした。
痕跡がーーー魔力のざんしが残らなかった。
使われた魔術はおそらく「転移」。
扱える人間は多くないが有名な魔術の一つだ。
だが、転移といえどざんしは発動場所でも残る。実際には転移先にて多量のざんしが残るが。
それが全くなかった。
こんなことはありえない。
彼はーミワと名乗った男は異界からの来訪者であると言った。
確かに妙竹林な服装をしていたし、あんな頼り無さそうな男が軽装で森を踏破できるわけもない。その言葉には説得力があったし、私を追う刺客の可能性はほとんどなかったため、家に置くことを決めたのだ。
最後、私はこの男がまだ現実を受け入れられていないことに対して、言葉を躊躇した。
異界からの来訪者は元の世界に帰ることができない。
その現実を突きつけることが躊躇われた。
なぜなら、この男は一度帰ることができたと言ったのだ。だが、そんなことはありえない。ならば、現実から逃避しているか、心がおかしくなってしまっている以外にはない。
先には何も無いドアと私を交互に見やるこの男を見て、私はこの男を憐れんだ。。
私とて生まれ育った魔術世界から追い出された人間だ。何もすがるものもなく、たった一人でいる気持ちはわかってやれるつもりだった。少なくともこの家に置いてやっても良いと考えるほどには。
だが、ミワは消えた。
まるで夢のように。
手渡されたお守りとやらを見る。
魔力は微量ながら混じっているようだが、効果があるようには思えない。
もしも。もしも異界に渡る術があるというのならば。
それが再現可能なものであるというのならば。
それはまさしく魔法の再誕だ。
この世界の魔術師たちの始祖が行った奇跡。再現が観測されていない6つの魔法のうちのひとつ。
先ほどまでの出来事は一人でただ死ぬまでの時間を浪費するしかない私が造り上げた妄想ではない。
もらったお守りとやらが潰れるのも構わず、手を握りしめる。
これは私の妄想では断じてない。
自然と笑いが込み上げてきた。
「あはっ。あはははは!」
何が自分の中を駆け巡っているのかよくわからない。
でも、こんなに声をだしたのはいつ以来だろう。
ほとんど泣いているのか、笑っているのかわからない。
「ほんっと、ありえないっ!」
私は思い切り叫んでやった。
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