イルザファーエ。
宝石王。
理解の追い付かない言葉の濁流と状況に押し流されて、私はあれよこれよと店を出ることとなってしまった。
聞きたいことは山ほどあったが、今日はもう店仕舞いと言われては仕方がない。
店を出たあとにもう一度ドアを振り返る。
よくよく見るとガラス戸から中が見える。
私は自分の目を疑った。さきほどまで見えていた光景とはまったく違うものであったから。
ドアを再度開けると「いらっしゃい」と店員の元気のいい声が聞こえた。
内装も漂ってくる匂いも全然違う店だった。自分はたぬきにでも化かされていたのだろうか。
そのまま店を店を出るのも憚られるのでカレーを一人前食べてから店を出た。
カレーはおいしかった。
その日は一度会社に戻り、仕事を片付けたあと帰路についた。
スマートフォンで件の店を調べてみると、いたって普通のカレー専門店であった。
コンセプトカフェでもないし、付近にそのような店なども無い。
まぁ、あの店は今考えると出てきた料理のおいしさ以外は全てがおかしかったので、既に結論は出ていた。
結果として私はよくわからない事象に巻き込まれたか、自分の頭がおかしくなってしまっていたという所に落ち着いた。
確かにあの時の私は随分と腹が減っていたし、まともな思考ができていなかった。
少し錯乱していたのかもしれない。昔から腹が減りすぎると少し思考が乱れるのだ。
あとは今流行りの異世界転生とかではないだろうか。いや私の場合は異世界転移ではあるが。
私とてそれなりに世間一般の娯楽には触れているが、自分で思い至って随分と恥ずかしい妄想ではある。
会社の後輩にその手の話が好きな子がいて、飯に連れていく度に話を聞くものだから、自然と思いついたが、こういうのは妄想だから楽しいのだ。
それに異世界転移にしたって、私の場合は内容が随分とパっとしないものだ。
なにせ、異世界に行ってご飯を食べて帰ってくるだけである。
こういうのは何かしらの能力やらなにやらを使って話を進めるのだから、もっとそういうものがあっても良いだろうに。
ちなみに後輩から聞いた能力の開示方法のセオリーとやらを家で試してはみたが、恥ずかしい思いをしただけであった。
とにもかくにも、その後はおっかなびっくり食事処のドアを開いていたが、どこかわからない世界につながってしまうということもなく日常が続いた。。
後輩にも内容をぼかして相談したが、「なんかパッとしないですね。」と言われ、おそらく多分私がそんな物語を書いていると思われた。楽しみにしてますってなんだよ。
なんとも釈然としないものだ。
そして私は一か月も経つとあんなことはそうそう起こらないものであると結論図けて、頭の中からもすっぱりと吹き飛ばしてしまっていた。
日常の忙しさとは常に人間の不安や余計な思考をどこかにやってしまうのだ。
だが、用心はしてもしすぎるということはない。常に備えと心がまえを怠ってはならないのだ。
そして、私は腹が減りすぎている時にはまともな判断の出来ない男であるのだ。
だから、今こうして女児に土下座して食事をねだろうとしている。
「ジャンボクリームスペシャルいちごパフェ一つください。」
「おぬしは何を言っとるんじゃ。」
ここは人生の墓場だ。
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