異界料理譚

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のじゃろり魔術師とイチゴパフェ

公開日時: 2025年3月10日(月) 21:59
文字数:1,664

 人生には詰みの瞬間がある。

 

 トイレに間に合わない時、とんでもない損失を会社に出した時、二人組を作る時に一人余る時。


 そして、少女のいる家に不法侵入してしまった時だ。


 「おぬし、なにものじゃ?」


 状況を整理しよう。

 

 私は帰宅中に猛烈な空腹に襲われた。

 人間を誘惑する甘い匂いと広告に写し出されたドでかいパフェの写真でもって私の理性を吹き飛ばした。最初は鯛焼きでも食べようかと考えていたところだったが、そんなことはもうどうでもよかった。それによくよく思い出すと今日は外回りが長引いて昼飯が抜きだった。

 こんな状態では頭も回らない。そう、糖分をドカ食いすることは理に叶った行為なのだ。


 そうして私は広告の出ているカフェのドアを開けた。

 そしてここ少しで漸く忘れることのできた異世界転移にまたもや出くわしてしまったということだ。

 異世界許すまじ。よりにもよってこのタイミングである。

 木目の内装に置いてある家具や周りに散らかる道具からは生活感が如実に見て取れる。

 前回は料理を提供する場所であったから、良かったものの、おそらく今回は人様の家だ。


 目の前には推定小学生程度の身長の女児が1人。訝しげにこちらを見ている。

 真っ赤な長い髪を後ろで一つで纏めており、紙と同じ綺麗な赤い瞳をしていた。そして来ている真っ白な服がその特徴をより際立たせていた。


 「―――イチゴパフェを」


 「なんじゃ?」


 「ジャンボクリームスペシャルイチゴパフェをください。」


 「おぬしはいったい何をいっておるのじゃ。」


 一縷の望みにかけてもしかしたらと声に出してみたが、やはり違ったみたいだ。

 そもそもこんな小学生のような女児のいる家に私は現在進行形で不法侵入しているわけだが、両親が出てくる気配がない。一人で暮らしているのかは分からないが、お留守番中であったのなら、最悪である。なにせ、親が帰ってきた時に私と鉢合わせる。

 客観的にも主観的にも事案である。


 

 ともかくこの目の前の女児をどうにかするほかない。

 糖分の不足する頭で私はなんとか解決策を絞り出した。

 

 膝をつく。

 さすっ。


 土下座である。


 私の命は今目の前のこの女児に握られているのだ。

 ジャンボクリームスペシャルイチゴパフェは惜しいが、前回のように粘ったところで出てくるはずもない。

 ここは素直に退散するとしよう。

 混乱して泣かれたり、沈黙されたりして会話が全くできないと大変困ったことになったが、会話ができそうなのが不幸中の幸いであった。なんとかこの場をやりすごそう。

 これはもう社会人のプライドとか大人としての良識とかそういう問題ではとうにないのだ。


 「人様の家とはわからず大変申し訳ございませんでした。」


 悪いことをしたら謝る。

 誰だってできることだ。

 相手が子供だからといってもそれは変わらない。


 「ふむ。まぁまず顔を上げよ。」


 随分と堂に入った声だ。姿を見ていなければ普通の大人のようにも聞こえるだろう。

 声があって、顔を上げると先ほどから私の目の前にいる女児と視線が合う。

 腕を組んでうーん、うーんと悩んでいる様子は大変可愛らしいが、ひとまずはお許しが出たことだし、次の行動に移ろう。


 「では私はすぐに出ていきます。本当に申し訳ございませんでした。」


 私は後ろを振り返る。

 あとは入ってきたドアからすぐに帰ればよいのだ。前回だってドアを開ければすぐに帰れたのだから今回だって大丈夫だろう。

 楽観的だが、今はこれをするしかない。

 ドアノブを握ろうとする。こんなところとっとと出ていかなければ。


 「あ。おぬしちょっと待て―――」


 「あがががががが!」


 腕先から体が沸騰した。


 私は一瞬何が起こったのかわからなかった。視界が空転する。

 今わかるのは私の視線が天井に向いていて、床に倒れているということだ。

 やばい。これは死ぬのではないか。ぴくりとも体が動かない。


 「はぁ、あなた不用心が過ぎる。魔術師の家に入っておいて適当にモノを触るなんて、自殺行為だ。」


 先ほどの少女の顔が見えた。視界がどんどん暗くなっていく。


 「可能な限り戻してあげるけど、あんまり期待はしないでね。」


 


 私の意識はそこでぷっつり切れた。


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