アルガス長官・宇波誠からの着信が鳴る。
『そこに一條佳祐君が居るでしょう?』
スマホの奥から聞こえた彼の口調は、いつも通りの穏やかなものだ。けれどそこから続いた言葉は、京子の悪い予測を否定してはくれなかった。
『彼を処刑して下さい』
やよいの死が能力死だと聞いてから、いつかこんな状況が来るかもしれないと覚悟はしていた。
ただ相手が佳祐だなんて考えたくもなかったし、その役目を自分が被るのは避けたいと思っていたのも事実だ。
「私……なんですか?」
『あぁ。手段は君に任せるから、頼んだよ』
ただ淡々と告げて、誠は一方的に通話を切った。
「京子さん?」と修司は状況を飲み込めない様子で佳祐を警戒しているが、当の本人は「来たな」と笑顔さえ見せる。
「佳祐さん、私……」
「やれよ」
「そんな──本当なんですか? 本当に佳祐さんがやよいさんを……」
彼の妹が死んだ時の事を聞いて、益々彼が犯人だなど思いたくなかった。
ブンと首を横に振る京子に、佳祐は「いいんだ」と目を細める。
「私には、佳祐さん達が仲良さそうに見えましたよ?」
「見えただけだろ? 頭の中で何考えてるかなんて、誰にも分りゃしねぇんだよ。やよいを殺したのは俺だ。俺を殺す理由なんてそれだけで十分だろ?」
感情のない顔で真実を吐いた佳祐は、頬の傷を指先で撫でる。
「俺はホルスとして仕事しただけだ。だからお前もキーダーの仕事をしろ。この傷はな、さっき久志のヤロウに付けられたんだよ」
「久志さんがこっちに居るんですか? まさか──無事なんですよね?」
「どうだろうな。殺したつもりはねぇが、今頃山でぶっ倒れてんじゃねぇのか? アイツが長官にチクったんだろうからな」
久志が今ここに居ない理由が、佳祐の言葉のままであって欲しい。
「山って、もしかして今日行く筈だった訓練場ですか? 向こうに久志さんが居るから、私たちは今日ここに来たって事ですか?」
「いや、そうじゃねぇよ。最後に海が見たくてな」
まだバスクだった頃の彰人に、相手が敵だと判断したら非道になれと言われた事がある。
あの時も、アルガスを襲撃してきた彼と全力で戦えた自信はない。
どうして仲間だと思っていた人間が、突然敵になるのだろうか。
「京子さんがやらないなら、俺がやりますよ」
すぐ後ろで趙馬刀を発動させる音が響く。
見兼ねた修司が前に出るが、京子はそれを断った。
辺りに目をくれると、まるでこの時に合わせたかのように一般人の姿は無くなっている。
「いいよ、私がやる」
手を汚すのは年長者の仕事だ。
こんな時に蘇るのは、やよいを殺された恨みよりも楽しかった思い出だけれど。
「佳祐さん、私は──」
腰から抜いた趙馬刀を構える。
いつもより大きくしなる刃は、京子の覚悟だ。
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