そしてもう一人。
綾斗が真実を告げる為、翌日の羽田空港に姿を現す。
到着便が悪天候で遅れていて、一時間以上暇になってしまった。午前中は外出扱いになっているが、午後からの訓練へ戻るにはギリギリになってしまうだろう。
『ちょっと遅れそうだから、その時は先に始めてて』
『分かった。気を付けてね』
すぐに返って来た京子からのメールは、そんな短い文字だった。外出の詳細は伝えていないが、彼女は特に気にもしていない様子だ。
「興味ない? いや、信頼されてるって事にしておこうか」
到着ロビーに併設されたカフェで時間を潰し、頃合いを見て店を出る。
彼が乗っている便を確認し、出口から少し離れた場所で待ち構えた。
昨日、誠とのミーティングは二時間程だった。
久志の事や、過去の誘拐事件の擦り合わせを行い、自分がバーサーカーだと打ち明けた。
佳祐を刺した忍と京子の間に飛び込んで、咄嗟に力を使ってしまった。キーダーの域を超えたその威力は、敵にすぐバーサーカーだと気付かれたのだ。
『もうみんな知ってるの?』
『田母神には言ってあります。あの場には保科も居て口止めもしていないので、広まるのは時間の問題かと思います』
『そうか。木崎くんは、これからバーサーカーとして戦っていく覚悟はあるの?』
『あります。今更、引けませんから』
今までその力を隠していたのは、誘拐事件の時に佳祐から『隠せ』と言われたからだ。それが上からの絶対の命令に聞こえて疑いもしなかったが、もし初めからオープンにしていたら彼が危惧した様にホルスに狙われていたかもしれない。
現にトールだった松本でさえ、バスクとしてホルスに居るのだ。
『けど、君が好きに戦えば良いんだよ? 周りから期待されてしまうだろうけどね』
『ホルスと戦う事になるなら、俺は強い方を選びます』
大切な人を全力で護れるように。
バーサーカーだと言って顔色一つ変えなかった誠は、こちらが思っている以上に状況を把握しているのだろう。その上で一瞬だけ思い詰めたように息を呑んで、彼は綾斗に頭を下げた。
『松本くんの力を抑えられるのは、君だけだと思う。だから、頼むよ』
『長官……』
『君がバーサーカーで良かった。うちがホルスとの戦闘になったら、指揮系統を全て桃也くんに任せるつもりだ。だから君の事を彼に話しておくといいよ』
『────』
『明日の早朝の便で彼は羽田に来る。親戚に会うんだと言ってたから、彼の伯父さんだろう。近くの大学の教授をしている人でね。まぁ、どうするかは君に任せるよ』
誠はにっこりと笑んで、机上のメモにペンを走らせた。
「綾斗! お前、こんなトコで何してんだよ」
到着の出口から姿を見せるなり、桃也は綾斗を見つけて近付いてくる。顔いっぱいに不満を貼りつける理由は幾らでも想像できた。
そんな望まない再会をした二人のすぐ横では、ずっと綾斗の隣で待機していた見知らぬ女が、別の男との再会に全力で抱き付いていく。
「会いたかった!」という声を少々気不味く思いながら、
「何してる、って。会いに来たんですよ」
綾斗は半ば棒読みではっきりと答えた。
「俺に? そんな嫌そうな顔して? 大体何で俺がここに来るの分かったんだ?」
「長官に聞いたんですよ」
「はぁ? それで何だ、お前は京子との仲を自慢しにでも来たのか?」
「それとは別の話です」
だからといって事実が変わるわけでもなく、桃也の機嫌が晴れる事はない。
「来いよ」
桃也は小さめのキャリーケースを引きながら、人の少ない壁際へ移動した。
到着便が重なって、ロビーはたちまち人で溢れ返っている。
日差しの落ちるロビーの隅で、綾斗は「桃也さん」とすぐに話を切り出した。長官に言われるままこんな所まで来たが、なるべく手短に済ませたいと思うのは相手も同じだろう。
京子との事以外で彼とは別に仲が悪い訳ではないが、他のメンバーと話すようにはいかない。
睨み合うようにムッスリとした顔を突き合わせて、綾斗は淡々とその事実を告げた。
「俺はバーサーカーです。いざって時は、俺を使って下さい」
「──は?」
桃也の短い驚愕が雑踏の音をかき消すように耳に響く。
「マジで言ってんだよな? それって、京子は知ってんの?」
「知ってますよ」
「そっか……」
──『京子さんは知ってるんですか?』
前に桃也からサードに呼ばれていると聞いた時、同じことを尋ねた。
彼と話をする時、どうしても間に京子が居る。それはお互いにという意味でだ。
「分かった」と囁くような返事をして、桃也は停止するように沈黙した。
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