空の屋上に、紫色のテールランプを光らせた銀色のヘリが舞い降りる。
アルガス航空隊キャプテンであるコージの機体だ。
ブレードの回転が止んだのを見計らって、綾斗は中から下りてくる男を迎えた。
「お疲れ様です。広島は1人なのに応援に来て頂いてありがとうございます」
「硬い挨拶すんなよ。本当はもっと早く来たかったんだけどな、直前で別の用事が入っちまった。何やかんや仕事が多くてな」
「支部はどこも人手不足ですね」
「まぁな。けど他の奴らが優秀で、俺は俺の仕事に専念できてる。恵まれてる方なんじゃないのか?」
地面に降りるなり、中国支部のキーダー・曳地貴文は左手に握っていたコーラをグビグビっと豪快に飲んだ。
「挨拶がまだだったな。綾斗くん、久しぶり」
「お久しぶりです」
彼とはやよいの件の後に本部で会ったきりだ。元々あまり接点がなく、二人きりで話すのはこれが初めてだと思う。
広島から羽田に着いた曳地は、待機したコージのヘリで一度本部にやってきた。
「久のヤロウは居るのか?」
「少し前に現地へ向かいました」
「すれ違いかよ。一陣のデータにアイツが居なかったから、こっちだと思ったんだけどなぁ」
「曳地さんも向こうへ行きますか?」
「あぁ。アイツと久しぶりに仕事したくて来たんだ。けど、先に軽く腹ごしらえさせてくれ。何にも食べてねぇんだよ」
久志が居ない事に残念がりながらも、曳地は相変わらずのマイペースで自分の腹をぐるりと撫でる。
久志が新人の頃に中国支部で一緒だった期間があり、綾斗が北陸に居た頃はよく彼の愚痴を聞かされていた。
屋上から下りる曳地を追い掛けて、綾斗はふとその事を口にする。
「曳地さんて、久志さんと昔何かあったんですか?」
「何かって?」
「お互いギクシャクしてるというか、何と言うか──」
言葉を濁らせる綾斗に、曳地は「そう見えるのか?」と笑った。
こんな時に聞く話でもないが、好奇心がつい前に出てしまう。ここはまだ忙しい訳でもなく、彼と二人きりになる機会などなかなかないタイミングだ。
「はい」と正直に答えると、曳地は案外あっさりと口を開く。
「アイツが話していない事を、俺がペラペラ言うべきじゃねぇんだろうけどよ。まぁ昔の事だし良いんじゃねぇの? 綾斗くんてアイツのお気に入りなんだろ?」
「別に、変な関係じゃないですよ?」
「変って何だよ。アイツがそういうシュミじゃねぇ事くらい分かってんだよ」
ガハハと笑って、曳地は確信を突く真実を言い放った。
「アイツ、俺の妹と付き合ってたからな」
「……は?」
「広島に居た頃の話な。異動が決まった直後にアイツは妹を捨てて北陸に行っちまったんだよ」
「え──?」
思わず耳を疑ってしまう。
久志の本気の恋愛話なんて、聞いたことが無い。
「あの、久志さんの話ですよね?」
「他にどの久がいんだよ。アイツ、俺の弟になるのが嫌だったんじゃねぇの? それ以来、プライぺートじゃ一切連絡してこなくなったし」
こんな時に聞く話じゃなかったと、少しだけ後悔する。
曳地の言った久志の過去は衝撃的で、真っ白になった頭が暫く復活してくれなかった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!