右肩にその感触を残して、京子が律との戦闘を離れた。
「すみません、京子さん」
そっと呟く修司を、律は冷めた目で見つめている。
彼女と互角に戦えるだろうと思ってはいないし、緊張で過呼吸になってしまいそうだ。けれど見込みがないと判断すれば、京子はこの場所を譲ってはくれなかっただろう。
「自信持って良いんだよな……?」
修司は構えた趙馬刀に力を込める。いつもより大きめの刃が、呼吸に合わせてまた更に広がった。
「一対一で私と戦えるの? あの女に任せておけば、貴方は怪我しなくて済んだんじゃない?」
「怪我をしない為だなんて、理由にはしませんよ。俺だってこの1年、訓練してきたんです」
「だったら戦ってみましょうか」
横浜の戦いから1年経って、今も彼女の心はホルスにあるのだろうか。彼女はトップである忍とは顔を合わせた事もないと言っていた。
一度力を失ったはずの彼女から、能力の気配が湧きだっている事に愕然とする。
「薬を飲んだんですか? ホルスは律さんを道具としか見ていないんじゃないですか?」
「私は高橋との約束を守りたいの。それだけよ」
律は手の内に生み出した剣をヒュッヒュッと振り下ろす。彰人と同じ、趙馬刀なしの生成だ。
ギンと打ち合った刃が、音を鳴らすごとにスピードを増していく。方々から飛んでくる刃を必死にかわし強めの攻撃を仕掛けるが、簡単に怯む相手じゃない。
「高橋さんは律さんの恋人だった人ですよね?」
「そうよ。彼が私の為に薬を残してくれたの。ホルスの力になる為にね」
高橋はバスクと戦って死んだらしい。彼女の部屋にあった写真の二人を見るだけで、その関係は嫉妬する程に伝わってきた。なのに話を聞けば聞く程、高橋は彼女を利用目的にしか見ていないような気がしてしまう。
「自分が死んでまで律さんを戦わせようとするなんて、おかしいですよ」
「おかしいおかしいって、貴方は私に対してそれしか言うことが無いの? ホルスの内部が歪んでいる事くらいとっくに分かってるわ。それでも私はホルスを選んだの。変えるつもりなんてないのよ」
前もそうだった。説得できる訳などない。
彼女と自分とでは住む場所が違いすぎる。
休む暇なく光を打ち合って、とどめの一手を狙う。
銀環の抑制機能を外した事で素人相手に強くなった気でいたが、律は彼等の比ではなかった。
境界線が迫って、一度外へ出る選択が頭を過る。出力と比例した体力の消耗が大きい。
けれど、そうはしなかった。仕切り直ししたくないのは、意地だ。
外へ出る手前で修司は大きく横へ跳び、フィールドの中央へと軌道を変えた。
くるりと回した踵に体勢が崩れる。集中力が切れかけたせいだ。
修司の見せた隙を律は逃さなかった。
妖艶な笑みを纏った彼女の顔がすぐ目の前に来て、耳元でそっと問いかける。
「修司くん?」
優しい声が耳をくすぐった。
初めて会った時のような敵対心のない響きに惑わされそうになって、修司は込み上げた想いを断ち切るように「うわぁぁああ」と叫ぶ。
一年前は勝てなかった。けれど今なら違う結果を出せるかもしれない。
衝動がエネルギーを増幅させて、大きくしなった趙馬刀の刃が彼女の足元を真横に払う。
切断には至らないが、スネを切り込んだ衝撃に律は目を剥き出しにして叫んだ。
勝った、と修司は思った。あと一発懐に刺し込めば終わりだと思った。
けれどその意思は横から現れた別の人物に覆されてしまう。
律を庇った男が居たのだ。
「アンタは、あん時の……」
長身で長髪のタレ目の泣きボクロ──元キーダーでバーサーカーの松本秀信が、修司の趙馬刀を宙へ跳ね飛ばした。
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