京子が綾斗の部屋に来て、もう一時間以上過ぎている。
「綾斗もはやく飲めるようになってよ」
「俺の事より、桃也さんに電話とかしないんですか? もう11時過ぎてますよ?」
「仕事で離れてる時は、終わるまで我慢するって決めてるの」
これは京子が自分で決めた、自分への約束だ。
「声聞くと会いたくなっちゃうから。仕事に集中しなきゃね」
「へぇ。意外と真面目なんですね」
「意外とじゃなくて真面目だもん。こんなんでも一応、キーダーの仕事は最優先にさせてるんだよ」
「流石です」
「まぁね。私が仕事に専念できるのも彼のお陰だって思ってる」
酔っているせいなのか、「桃也」と口にしただけで無性に彼の話がしたくなった。
「桃也とは去年の夏に偶然会ったの。『大晦日の白雪』以来かな。何となくそのまま二人でご飯食べに行ったんだけど、気軽に話せる話題なんて何もなかった。けど、向こうがその後に何回か誘ってくれて、突然告白されたの。どうしていいのか分からなかったよ」
「朝に言ってた罪悪感……ってことですか?」
聞き辛そうに言う綾斗に、京子は「うん」と正直に答える。
「最初は冗談かと思ったもん。けど、そうじゃないって分かったら突き放せなかった。だから、オーケーしたの」
「好きじゃなかったってことですか?」
「嫌いではなかったけど。だから友達からで、って言ったよ」
京子はサイダーを少しだけ飲んで苦笑した。
アルコールが入っていないだけで、減りが遅い。
「けど、そんなのは長く続かなかった。二ヶ月くらい経った時ね、「もういいよ」って言われたんだ。桃也は煮え切らない私の気持ちなんて分かってたんだよね」
「一回別れてるんですか?」
「ううん、別れなかったの。彼にフラれて頷けなかった。この世の終わりみたいに辛くなって、やっと自分の気持ちに気付いたんだよ。初めて彼に好きって言ったの」
――「やだ。行かないで!」
必死に握り締めたシャツの感触が、いまだに離れない。
蘇る記憶に恥ずかしくなって口ごもると、綾斗は緩く笑顔を見せた。
「それでいいんじゃないですか? 『大晦日の白雪』は、俺たちにとってプライベートではなく仕事ですから」
「仕事……なのかな」
「割り切らないと、辛いだけですよ?」
ただ彼を好きだという想いだけで一年半を過ごした。
罪悪感を払拭できたわけではないけれど、振り返る記憶は楽しいものばかりだ。
「ここに来る前、帰ったら話があるって桃也に言われたんだ」
「いよいよプロポーズってことですか?」
「そんな。彼はまだ大学生だよ」
京子は思わず緩んだ口元をぎゅっと締めた。
多分そんな浮かれる内容ではない。桃也に会いたいと思う反面、別れ話を予感して、その日が来なければと思ってしまう。
そんな京子を察して、綾斗は呆れたように胸の前で腕を組んだ。
「プロポーズは大袈裟ですけど、別れようとする女の子に指輪なんて渡しませんよ」
「そう思ってもいいのかな」
京子は薬指の指輪を一瞥して、京子は横にフルフルと顔を震わせた。
「私、家に帰れば桃也がいるんだって思うと頑張れるんだ」
ずっと彼が側にいてくれればいいと思う。
「だったら、早く終わらせて帰りましょう」
宥める綾斗に「うん」と答えて、京子は残ったサイダーを流し込んだ。
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