ピリピリとした空気に包まれた処置室にやって来たのは、眼鏡を掛けた大学生キーダーの木崎綾斗だ。
「俺も行くから。美弦、気持ちは分かるけど今日は寝てること。先輩命令だよ」
「綾斗さん、ガイアの居場所を突き止められたんですか?」
ぴょんとベッドから下りようとする美弦の額を、修司が掌で押し戻す。
「まぁ大体の線だけど。朱羽さんのGPSでエリアは絞れてるから、間違いはないと思うよ」
「京子さんはもうガイアの所に居るんですか?」
「自分で探すって意気込んでたけど、まぁ京子さんじゃ時間掛かるんじゃないかな。向こうは挑発してる割に、まだ大分気配を抑え込んでいるみたいだしね」
能力者に独自の気配があるというのは、電話で京子も言っていた。
それを頼りに能力者同士で位置を知り合える反面、逆に抑え込んで存在をくらますことも可能だと綾斗が説明する。
「攻撃系の能力は高いのに、気配探るのは苦手だから。京子さんにはこっちと合流するようにメール入れておいたよ」
修司を一瞥して「じゃあ行こうか」と促す綾斗に、龍之介は慌ててベッドを下りた。
「あの、俺も連れて行って下さい」
ここでじっと待っていられない気持ちは美弦と同じだ。当然、彼女はいつもながらに眉を吊り上げて抗議する。
「ちょっと龍之介、何言ってんのよ。私だって待機なのよ? ノーマルの貴方が行ったら、また誰かに怪我させるかもしれないじゃない」
「朱羽さんの所に行きたいんです。お願いします!」
美弦を無視して、龍之介は綾斗に懇願した。
「お前は!」と声を荒げたのは修司だ。
「足手纏いだって、まだ分からないのか? さすまたなんかで何ができるんだよ!」
窓辺に立て掛けられたさすまたは、龍之介が持っていたものだ。再び掴み掛かろうとした修司をかわして、龍之介は「でも」と訴える。
「シェイラだってノーマルじゃないですか。俺だって何かしたいんです」
無謀なのは承知だし、立場が逆ならきっと修司と同じことを言うだろう。
けれどシェイラに『ノーマルだけど、ちゃんと戦える』と言われたことが胸に閊えて、龍之介の気持ちを逸らせた。
綾斗は涼しい顔で龍之介を睨みつける。
「彼女は武器を持っているだろう? シェイラは化け物だ。君に同じことはさせられないよ。それに、この間サインを貰った承諾書には、上の命令には従うって書いてあった筈だよ」
「それは……」
確かにサラッと目を通した文章にはそんなことが書かれていた。
「俺にはお前を助ける余裕なんてないからな?」
修司の言葉に美弦が険しい表情を見せるが、彼女は珍しく何も言おうとはしなかった。
綾斗も「そういう事」と龍之介に言い聞かせる。
「俺たちが君を守れる絶対の保証なんてないんだよ」
けれど、龍之介は頑なに首を前に振ることを拒んだ。
「分かってます。けど、朱羽さんが連れていかれたのに、ここでじっとしてはいられません。お願いします」
龍之介は思いのままを叫んで床に伏した。土下座なんて初めてだった。
冷房で冷えた床に額を押し付けると、呆れた綾斗の溜息が聞こえる。
「もう時間だから。君、俺の言う事は聞く気ある? 車に乗っててって言ったら、出ないって約束できる? 守れるなら乗せてあげようか?」
「ええっ、いいんですか? 綾斗さん!」
修司と美弦の声が綺麗にハモって、龍之介は顔を上げた。
「もういい、行くよ。二人とも急いで」
「ありがとうございます!」
諦めの混じった決断に礼を言うと、龍之介は窓辺へ走ってさすまたを握りしめた。
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