『律は今、修司くんと同じ病院に居るんだ。短い時間で良いなら会ってみないかなと思って』
予想もしていなかった彰人の提案に、修司は通話を切るなり慌ててベッドから足を下ろした。
「どうしたんですか、修司さん。まだ安静にしてないとダメですよ?」
「律がここに居るらしいんだ。俺、会いに行って来るから!」
修司は龍之介の注意を振り切るように説明する。もう律とは会えないだろうと思っていた矢先に飛び込んだ報せは、修司を彼女の元へと急かした。
「頼む」と両手を合わせて勢いのまま部屋を飛び出そうとしたところで、龍之介が修司を阻む。
「走って行くなんて駄目ですよ!」
「じゃあ歩いて──」
「そうじゃなくて」
龍之介は納得のいかない顔のまま、部屋の隅にある車椅子を動かして「どうぞ」と修司を促す。
「自分で歩けるけど?」
「乗らないって言うなら、ここから出しませんよ?」
余程颯太に言われているのか、龍之介は意見を譲らなかった。
車椅子など面倒だと思うが、こんな所で押し問答しているうちに律がどこかへ消えてしまうような気がして、「分かったよ」と折れた。
龍之介は「じゃあ行きましょう」と部屋の戸を開く。
消灯時間の病棟は薄暗く、白い光が所々にポツリポツリと灯るだけだ。
車椅子のタイヤの音と龍之介の足音がシンとする廊下に不気味に響いた。
修司の居た個室は最上階から一つ下に下がった個室だったが、律が居るのは地下一階だという。
エレベーターで降りると、今度は診療時間帯と同じように煌々と光がついていた。
「誰も居ない病院って、逆に怖いな」
「ですね」
空気がやたらと重く感じる。
上はまだナースステーションから人の気配がしていたが、ここにはそれが全くなかった。
扉の向こうに律が居る──指定された部屋の前に来て、途端に緊張が増してきた。修司は大きく深呼吸する。
「ここで良いんですか?」
「あぁ。そのはずだ」
修司は龍之介を仰ぎ見て「行くぞ」と合図した。
トントンと叩いた扉に、「はい」という彰人の声が返って来る。
龍之介が前に回ると扉は向こうから先に開いて、彰人が「どうぞ」と顔を出した。
修司は細く開いた扉と壁の隙間に視線をねじ込む。
「律」
酸素マスクの音が響く部屋の奥に、彼女が眠るベッドがあった。
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