「ごめんね。立ち聞きするつもりはなかったんだけど、二人が話してるの聞こえて、取り込み中だったみたいだから、つい──」
姿も気配も咄嗟に隠したつもりだったが、二人は最初から京子に気付いていたらしい。
「俺も黙っててすみません」
「ううん。けど、さっきの話って……」
修司がずっと緊張気味だった表情を緩めた。
──『俺をこの戦いが終わっても、ここに置いて下さい!』
「美弦には言わないで貰えますか? そういうの嫌がると思うんで」
「確かに「余計だ」って怒るかもね。私は聞かなかった事にさせて貰うよ」
彼の意思を喜ぶかどうかは別として、桃也に直談判した事について美弦は何か一言言わずにはいられなくなる筈だ。
「宜しくお願いします」
「うん。じゃ、修司は久志さんのトコ行ってきて。私はそれを言う為に来たんだから」
「了解しました」
修司はピッと二人に敬礼して、「失礼します」と階段を上って行った。
足音が遠ざかるのを聞いて、京子はこの間の話をこっそりと呟く。
「けどね、美弦もそうなれば良いなって言ってたんだよ? 桃也が長官になって色々変わればって。美弦はただ思うままを私に吐き出したんだと思うけど、修司はそれを実行に移しちゃうんだから凄いなぁ」
「俺たちとは違うんだな」
「人それぞれ……だよね。私は別に悪い事だったなんて思ってないよ」
桃也は自分たちの事を『悪い見本』だと言っていた。自虐的なその言葉は彼の本音なのだろうか。
「私たちが選んだ選択肢が、あの二人とは違うだけ。私、今桃也がキーダーを辞めてトールになってたら絶対に後悔してるもん」
「そうだな」
桃也が苦笑するように目を細めた所で、折角続いていた会話が止まってしまった。
話したい事は色々あるのに、気まずい空気が優先順位を定めてくれない。
会話を諦める事も、彼の顔を直視することもできず、京子は桃也のみぞおちの辺りに目を泳がせながら当たり障りのない話題を引き出した。
「えっと……桃也はずっと海外に居たんだよね? 長官になるって大変だね」
「まぁな。今回の仕事が終わったら、また行かなきゃならないからな」
「そうなんだ。凄いね、桃也は」
「凄くねぇよ。宇波さんが英語話せないからとか理由付けて、向こうの仕事溜め込んでたんだよ。それを俺がやってるだけ。それより、他に聞きたい事あるんじゃねぇの?」
「…………」
鋭い。顔に出ていたのだろうか。一番聞きたい事は、今回の人選についてだ。
大舎卿には『長官の言う事は素直に聞け』と言われたものの、ついそればかり考えてしまう。
「お前は余計な気を使ってる時、俺の顔見ないよな?」
「──そう?」
自覚はなかった。否定するように顔を起こすと、桃也は「そうだ」と言い切る。
「私はただ、今回の先発隊が桃也と一緒で気まずいなって思った」
「ハッキリ言うなよ」
「ごめん。けど……」
「気にすんなよ。お前が戦力になると思ったから選んだんだ。それだけ」
桃也が「仕事だろ?」と笑う。
「うん」
「それより、彰人が居るのは問題じゃねぇのかよ」
「彰人くん?」
先発隊に選ばれた4人目が彼だ。
言われるままに彰人を思い浮かべるが、桃也への気持ちとは少し違う。気まずいと言うよりは、桃也と二人きりじゃなくて良かったという感情の方が大きい。
眉間に皺を寄せたまま唸る京子に、桃也は寂しそうに息を吐き出した。
「俺は、お前と付き合ってた頃のアイツになったんだな」
そんな言葉を呟いて、桃也は「じゃあな」と階段を下りて行った。
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