スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

264 約束は守るよ

公開日時: 2024年8月29日(木) 09:52
文字数:1,276

 戦闘時におけるパラシュート降下で最も気を付けるのは、攻撃の的にならない事だ。

 降下中は動きが制限される上、存在感も大きい。


 煌々こうこうと光る廃墟に無数の気配を感じながら、京子はパラシュートを開く。けれど、4人全員が地面に足をつくまで、一つの攻撃も襲ってはこなかった。


 下りて最初に感じたのは、静寂だ。

 気配はあるのに姿は見えず、音もない。

 記憶のままの観覧車が目の前に光っているが、動いてはいないようだ。


 建物の前にある広場にポツリと立つ忍を見つけて、京子は息を呑む。

 初めて会った時と同じ青いジャケット姿で微笑む彼の足元が、黒く濡れていた。その意味を想像しながら、京子はパラシュートをグルグルと腕に巻きつける。


「忍さんは、ここで何をしていたんですか?」

「京子たちを待ってたんだよ」

「そうじゃなくて……」

「戦うための準備だよ」


 忍は横並びに対峙たいじする4人を嬉しそうに見据える。

 「ゲスなことするんじゃねぇよ」とコッソリ吐き出す修司しゅうじに、京子は「まだ駄目」と注意した。


「もっと早くここを見つけられると思ったけど、意外と遅かったね」

「そっちが勝手にやってる事だろ?」

「まぁね、君が高峰桃也とうやくん? アルガスの次期長官って言うからベテランのキーダーかと思ってたけど、案外そうじゃないんだ」

「何が言いたいんだよ」


 苛立ちを隠せない桃也に右手を伸ばし、忍は握手を求める。しかし反応はなく、桃也はムッスリとした視線を突き付けるだけだ。


「まぁ俺だって友好関係を築きたい訳じゃないよ」

「……銀環ぎんかん制度の撤廃がホルスの要求なんだろ? 俺たちはそれを望まないし、ホルスの存在も認めない。力ずくで否定してやるよ」


 逆に桃也は左手を差し出す。決闘の意味だ。

 忍は「おぉ怖い」と笑って、パシリとその手を甲で叩いた。


「君が『大晦日の白雪しらゆき』を起こしたんだろう? 佳祐けいすけとは仲が良かったみたいだけど、彼がこっち側の人間だって知ってたの?」

「あぁ」


 「へぇ」と忍は眉を上げる。「知ってたんだ」という彰人あきひとの意外そうな声に、桃也は「消されてたんだよ」と吐いた。

 ホルスに通じていた佳祐は、記憶操作という特殊能力を扱うキーダーだった。彼が敵だった事を証明するように、忍はやたらアルガスに詳しい。


 桃也はダルそうに溜息を零した。


「こんな場所に俺たちを引き込んで、話し合いをする訳じゃないんだろ? アンタ以外の仲間はどこに潜んでやがるんだよ」

「事を急ぐなよ。僕が合図するまでフライングするなって言ってあるからさ」


 その言葉を信じて良いのか。

 忍以外の敵を誰一人と目にしていないが、周りを取り囲む気配は一層強まって行く。


 忍はピカピカと光る観覧車を背に、「ただ──」と言葉を濁した。


「初めてのおもちゃを手にした子供ってのはさ、じっとなんかしていられないんだ。お預けを喰らって我慢なんてできないんだよ」

「待てよ、それって!」


 忍の言葉が何を意味するのか、京子にも分かった。


「けど俺は、約束は守るよ」


 目の前にそびえる建物の上部で強まった気配に、京子が身構えたその時だ。

 今度は忍の気配が跳ね上がる。何かが起きるよりも先に、きびすを回した彼が光の球でその位置を貫いたのだ。



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