アルガス襲撃で、バスクだった浩一郎は大舎卿によって力を縛られ元能力者になった。
恐らくそれを疑う人間などアルガスにはいない筈だ。
「俺は一応トールって事になってるんじゃなかったっけ?」
試すような問いかけに、大舎卿は「行くぞ」と促す。
浩一郎はその背に向かって「違うよね」と苦笑した。
「俺がヒデを騙したように、勘ちゃんも俺の力を戻した。それって犯罪じゃないの?」
隕石落下後のアルガス解放で本部を出るキーダーは、能力を縛るのが決まりだ。しかし能力を縛っても、一定の期間内であれば取り消すことが出来る。
浩一郎はその仕様と特殊能力を使って松本を騙し、バスクのまま外へ出たのだ。
4年前アルガス襲撃を起こした最後に、大舎卿も浩一郎に同じ事をした。
だから浩一郎は一度もトールとして生きたことが無い。
口裏を合わせた事もない暗黙の了解で、浩一郎自信が『トールになった罪人』を演じきった。
地下牢に居ればキーダーと顔を合わせる事も滅多になく、バレる危険性も少ない。
「あの時はふざけるなと思ったけど、感謝してるよ。けど俺が上に行くって事は、キーダーに戻れって言ってるつもり? 俺はここを襲った男だよ?」
「嫌か?」
「……まぁ、嫌だとは言い切れないか。歳をとると頭の中が丸くなるものだね」
「ジジイだからな」
「今更ノーマルみたいな生活なんて無理だろうからね。性には合ってるのかも」
浩一郎は戦いの気配が広がる天井を仰ぎ、大舎卿の肩をポンと叩いた。
「俺の事、掌で転がしてるつもりかい?」
「そうは言っとらん」
「違うの? 結構楽しませて貰ってるつもりだけどね──ただ」
松本は自分の恰好を見下ろして、「これじゃなぁ」と眉をしかめた。
「今10月だろ? こんな薄い服で外出たら風邪ひいちゃうよ」
地下は寒くも暑くもない一定の温度に設定されている。灰色のシャツ一枚にスウェットパンツという素っ気ないコーディネートは通年の囚人服だ。
文句を言う浩一郎に大舎卿は「十分じゃろ」と鼻を鳴らす。
「上まで走れば寒さなんて感じんわ。それより急いでくれるか? 若いのがヒデの相手をしとるんじゃ」
「先輩は後輩を守ってやらないといけないからね。けど、あぁ……せがれには文句言われそうだな」
「じゃろうな。ここを出てもお前の犯した罪は一生消えんよ。きちんと銀環をして行動で償え」
「またあの輪に繋がれるのか」
言葉とは裏腹に、浩一郎は声を弾ませる。
「行くぞ」ともう一度言って、大舎卿は細い廊下を走りながら浩一郎に声を掛けた。
「来月辺り、北海道へ蟹でも食いに行かんか?」
「何? デートの誘い?」
「…………」
「分かってるよ。ありがとな、勘ちゃん」
浩一郎の元恋人で大舎卿の妻であるハナの墓がそこにある。
浩一郎は小さく頷いて、大舎卿の背中を追い掛けた。
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