最寄り駅に着いたのは三時半を少し過ぎた時だった。
そこから東黄学園まで徒歩五分。銀次の情報だと、今日の下校時刻は壮行会の影響で四時過ぎになるらしい。
流石有名私立校と言わんばかりのデザイン建築の校舎に圧倒されつつ、校門から少し離れた位置で彼女を待った。
門は開かれていたが横には守衛室があって、小さなガラス窓から強面がこちらを伺っている。
「でっかい学校。ウチとは全然違うな」
「天下の東黄学園だからな。ここは高等部だけど、中等部と大学も同じ敷地内にあるんだぜ」
「あぁ、だからか」と龍之介は納得する。少し年上の私服姿の若者がチラホラと門を行き来しているのは、そういう理由らしい。東黄大は高倉からも毎年何人か受験していて、春先にはこれ見よがしに進路指導室の前に合格者の名前が貼り出されていた。
甲高いチャイムが鳴り響いて、銀次が「そろそろだな」と腕時計を見やった。
程なくして薄い緑色のシャツを着た生徒たちが校舎横から姿を現し始める。俗にいう、東黄グリーンの制服だ。
「いいか、俺は会わせるだけだからな。後はお前がうまくやれよ」
銀環の彼女のことを聞ければ、それだけで良いと思う。あわよくば会えるチャンスが欲しいと思ったが、今こうして待っているだけでも龍之介の掌には汗が滲んでいた。
高倉の白シャツに黒ズボンという標準服が悪目立ちして、通りすがりの視線が痛い。
「緊張しすぎ」
けれどその視線の殆どは女子で、龍之介を素通りして斜め後ろの銀次にばかり向けられていた。
会う前から狼狽える龍之介の肩を叩いた銀次が、「来た」と人の流れの奥を見据える。
相手もすぐに銀次に気付いた。
「二葉さん!」
銀次が迎えると、一人の少女が流れを横に抜けて「銀次くん!」と笑顔を広げる。
艶のあるロングヘアを揺らしながら駆け寄って来た彼女は、少し甘えるような可愛らしい声で「こんにちは」と挨拶した。
「こ、こんにちは」
「銀次くんからメール貰えるなんて思わなかった。嬉しくて午後の授業頭に入らなかったんだから」
「それはすみません」
「いいの。いつでも連絡してきてって言ったでしょ?」
龍之介の緊張をよそに、彼女の視線は銀次に吸い付いて離れない。
若干蚊帳の外な空気をひしひしと感じながら、龍之介は東黄グリーンの波に視線を返した。
銀環のない彼女が銀次のメールの相手だとすれば、『クラスメイトのキーダー』とやらはどこだろうと歩いてくる女子を見渡すと、一直線にここへ向かってきている少女に気付く。
ツインテールの少女だ。彼女の手首に銀色の環が巻かれていることを確認して、龍之介は 「本物だ」と思わず感動の声を零した。
「あの子に会いたかったんでしょ? 良かったわね」
「はい、ありがとうございます!」
二葉にぺこりと頭を下げると、視界に小豆色のローファーが入り込む。
龍之介は緊張を走らせながら、その姿をゆっくりと見上げて行った。
ツインテールの彼女は背が低く、二葉と比べても一回り程小柄だった。大きな丸い瞳で龍之介を仰ぐように覗き込むと、突然「もぉ」と機嫌の良くない声で両腕を組む。
「二葉、先に行かないでよ。彼が来て急ぎたいのは分かるけど」
「ごめんなさい」と嬉しそうに肩をすくめる二葉。
「彼……って、そういうことなのか?」
「いや……」
銀次に彼女が居るなんて初耳だ。そして銀次本人は曖昧な笑顔で誤魔化して、小さな彼女に挨拶をした。
「初めまして。小出銀次です。急なこと頼んですみません」
「相葉龍之介です。よ、宜しくお願いします」
龍之介は本来の目的を忘れそうになって、慌てて二人に頭を下げた。
「楓美弦です」
小さな彼女が少し冷めた様子で自己紹介をする。他の女子と違って、彼女は銀次に興味もない様子だ。
二葉は「貴女に会いたかったんですって」と美弦に伝えると、銀次の横へ跳び付くように移動して、その右腕に両手を絡めた。
その大胆さに「わぁ」と驚く龍之介。
「銀次くん」と銀次に身体を摺り寄せる二葉は、もはや校門の前とは思えないくらい積極的だ。銀次は困り顔を龍之介へ向けて、一方的に「悪いな」と謝る。
「美弦さん、コイツのこと頼みます」
「ちょっ、お前一緒じゃないの?」
突然の展開に驚く龍之介をよそに、二葉が「行きましょう」と銀次を急かす。
「分かったわ」と涼しい声で答える美弦は、この状況を理解しているらしい。
「悪い、リュウ。そういうことだから」
『会わせるだけ』と言った意味を悟った龍之介に、銀次は「後で話聞かせろよ」と、立てた右手で謝るジェスチャーをする。
そして「じゃあね、美弦ちゃん」と意気揚々の二葉と駅の方向へ行ってしまったのだ。
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