境界線に立って、綾斗はフィールドの全域へ向けて感覚を研ぎ澄ませた。
能力の気配自体に個人を特定する色はないが、その強さや習性で何となく当たりを付けることはできる。
右の奥で強い気配を立ち昇らせているのは大舎卿だろう。迷いのない意志は他のどのキーダーよりも豪快だ。
綾斗は目の前で起きている戦いを片っ端から追って、一歩ずつ中へと踏み込んでいった。
「一つ、二つ、三つ……」
数えきれない能力者の数に、圧倒されてしまう。キーダーが人手不足だと言われていた数年前が信じられない程だ。
空間隔離の壁は、気配を内側に閉じ込める習性を持っている。だからもし京子がその中に居るのなら、探し当てるのは難しいかもしれない。
隔離壁が消滅するのを待つのが確実な線だが、中に忍が居るかもしれないと思うと悠長なことを言っている暇はなかった。
曳地に『好きに行動して良い』と言われた様に、もうバーサーカーを隠して戦う必要はない。
「なら、遠慮なく行くよ」
バーサーカーの力はホルスを引き寄せてしまうかもしれないが、それでも良かった。
力を強めて京子の位置を探るのは、幾千万もの細い触手で相手の気配をからめとるような作業だ。
風が湧き上がる感覚に、辺りの人影が方々へ散って行くのが分かった。素人に近い能力者ならば畏怖を抱かずにはいられない強さだろう。
仲間も敵も、バーサーカーの到着を確信した瞬間だ。
「京子」
彼女の居る場所はすぐに分かる。
綾斗はホッと胸を撫で下ろし、建物の方角へと踵を返した。
☆
どれだけ待てばこの壁が剥がれるのか──ふと舞い降りた不安に心細さを感じたその時、一瞬だけれど強い気配を感じた。
「綾斗──?」
京子が隔離壁に囲われた観覧車で目覚めて、もう30分は過ぎただろうか。
彼が助けに来てくれたと期待したのも束の間、外側からの力を拒絶するように壁が厚みを増して隙間を埋めてしまう。
けれど、状況が動いたのはそこからだった。
相変わらずの張りぼての視界は観覧車からの夜景を見せていたが、パンという小さな音が耳奥に響いたのを合図に、蜘蛛の巣状の亀裂を刻む。
攻撃かと身構えると再び強い気配が降って来て、状況が読めないまま視界が数秒間ホワイトアウトした。
風景が戻るよりも先に、風が頬を撫でる。
「京子」
綾斗の声が聞こえた。
ゆっくりと色が蘇って、京子はぼやけた視界の向こうに「綾斗!」と呼び掛ける。強い気配を纏った彼が、すぐ側に居るのが分かったからだ。
彼はゴンドラの外から中へ飛び込んで来る。
「良かったぁ」と安堵のままに綾斗が京子を抱き締めた。
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