「ボロボロって。疲労も暴走を引き起こすってこと?」
「昔、平野さんに注意されたことがあって」
修司に力の兆候が見え始めて、平野と何度か山に行った時があった。
戦闘訓練と呼べるものではなかったが、初めの頃は光を発動することさえままならず、その練習を繰り返した。
一日を山で過ごして、それでも納得のいかない修司に「帰るぞ」と促した平野を「もう少し」と引き留めた時だ。
──『そんなにボロボロになってまでやったら、暴走するぞ』
流石の彰人も首を捻る。
実際にそうなった現場を見たわけではないが、事実なら今の律の状態が危険だということは明確だ。
「可能性があるなら、予測して動くのは大事だね」
彰人が気配を強めて構えを取り、律と対峙する。
「修司くんに平野さんの話をされた時は驚いたけど、あの人も相当危ない橋渡ってるんだね。僕は身を削るような戦いはしたことないから分からないけど。律、さぁ君をどうしようか」
「私の事は構わないで。殺す気がないなら、ほっといてよ」
「今は暴走の可能性を言ってるんでしょう? 意地張るのは勝手だけど、これ以上他人を巻き込むつもり?」
「暴走なんてしないわ! そんなこと言って、あの男を思い出させないで」
『あの男』というのは、恋人だった高橋を殺された衝撃で暴走しそうになった律を、命がけで止めた男の事だ。
律は、怪我を忘れさせるような声で主張した。
「あの男は、死ぬ間際私に自由になれって言ったの。けど、高橋を殺した奴なのよ? そんな男の言葉なんて、受け入れられるわけないじゃない……ホルスを捨てるなんて私にはできないわ!」
頬を掌で強く押さえ、律は首を横に振った。もう一度パンと音が鳴って、彼女の周りで光が弾ける。
「もう理想論ばかり吐くのはやめた方がいい。本当に暴走するよ」
「私は、ホルスのまま死んでもいいの!」
「死ぬとか簡単に口にするものじゃない。望まない死を受け入れなければならない人が、この世にどれだけいると思ってる?」
彰人が強い口調でたしなめる。
律は乱れる呼吸に目を細め、改めて人差し指を構えた。
「律!」と彰人が叫んで、通信機のマイクを素早くオンにする。
「屋上に絶対近付かないように!」
目の前の盾が消え、彰人が掌を胸の前に構えた。
律へ向かって放たれた四つの光が、大きな面となってくるりと彼女を四方から囲む。
彼が手を横に広げるよりも若干長い直方体が、轟音を立てて地面に突き刺さり、律の動きを阻んだ。
描きかけた円から指を引いて、「何するの?」と律が目を剥く。
動揺する彼女の必死の抵抗。
「やめて」
なけなしの気配が壁の中に膨張していく。
暴走するのか──修司がそう思った瞬間、ドンと大きな音を立てて律の身体から光が放射した。
白い光が空いた天井から噴出して、空中へとばら撒かれる。あちこちで細いハレーションが起き、悲鳴もろとも彼女の姿を隠した。
「修司くん、離れて!」
呆然とする修司を庇って、彰人が前に飛び出る。
光に奪われた意識が戻され、修司は慌てて後ろへ下がった。
『暴走しそうになったら私を殺して』
彼女はこの状況を予想していたのだろうか。バスクでいる覚悟がそう言わせたのだとしても、
「そんなこと、できるわけないじゃないですか! 律さん!」
ミシミシと鳴り出す光の壁に崩壊を示唆して、修司は彰人に視線で助けを求めた。
この屋上で、大晦日の白雪と同じことが起きてしまうのか──光の激しさに身の危険を感じたところで、修司には攻撃することも逃げることもできなかった。
「心配いらないよ。させないって言ったでしょ?」
彰人は「全く」と悲痛な声を漏らす。
「彰人さん、律さんをどうするんですか?」
「今はとりあえず君も堪えて。一気に来るよ!」
「ええっ」
律の姿は見えない。
彼女を取り囲む壁が崩れたのは、彰人が拘束の手を緩めたからだ。
その瞬間、時限爆弾のリミットがゼロを示したかのように、光が壁を突き破ってあらゆる方向へ一気に伸びる。
修司は、必死に自分を庇った。
咄嗟に胸の前で構えた手から盾を出すことができたような気もしたが、はっきりと自覚できないまま、正面から煽る光に身体が宙へと放り出される。
白い光に視界を覆われ、修司は死を予感して強く目を瞑った。
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