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キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

330 秘密の恋愛

公開日時: 2025年1月8日(水) 08:59
文字数:1,068

「誕生日おめでとう、桃也とうや


 桃也の背をタンと叩いて、久志ひさしが楽しげに鼻歌を歌い出す。曲はハッピーバースデーだ。

 京子との一連を全部見られていたと思うと、顔から火が吹き出しそうになる。


「さっきの桃也見てたらさ、男心は複雑なんだなぁって思った。だから自分の事も話したくなったんだ」

「もしかして、彰人あきひとが呼んでたのって嘘だったりしますか?」


 ふとそんな可能性が頭をよぎった。久志が『彰人が呼んでいる』と言って、京子はテントへ向かったのだ。

 苦い顔で見つめる桃也に、久志が悪気もなく「うん」と答える。


「流石に彼女の居る所じゃ話せないからね」

「マジですか」

「まじまじ」


 久志はスッキリした顔でにっこりと目を細めた。

 今頃テントでは、京子が困惑している事だろう。


「久志さん、そういうの上手いですよね」

める事じゃないって。好き勝手してるだけだよ」

「なら、久志さんの好きな相手がどんな人だったのか聞いても良いですか?」


 この際だから質問してみる。恥ずかしさを相手への興味に変換させると、色々と知りたくなった。今を逃せば、もう一生聞くチャンスは巡って来ないだろう。

 思惑おもわく通り、久志は照れくさそうに相手の話を口にした。


「綺麗な人だよ。二つ年上で、ちょっと男勝りでさ」

「へぇ。誰もその事知らないんですか? やよいさんや同期の人も?」

「アイツ等に言ったら揶揄からかわれるだけだよ」


 仕事の話をしていたから、大昔の話ではないのだろう。

 久志は高校時代を本部で過ごし、中国支部の勤務を経て今は北陸支部に居る。


「気になる?」

「まぁ……」


 悪戯いたずらっぽく笑う久志に敵わないなと思った。

 北陸で訓練していた時でさえ、お互いのプライベートを話す仲ではなかった筈だ。


「広島に居た頃の事だよ。曳地ひきちさんの妹だからね」

「あ、そうなんですか」

「うん。言っておくけど、あの人とは似てないからね?」


 予想外の相手だった。

 その一言のせいで、ついコーラを手にした女顔の曳地が頭に浮かんでしまう。


「考えてる顔してる」

「久志さんが言うからですよ。けど、話してくれてありがとうございました」

「気にしないで。僕も良い気分転換になったから」


 そしてもう一度フィールドを見渡した久志は、真剣な表情で桃也に尋ねた。


「だいぶ能力者の数が減ってるけど、把握できてる?」

「大体、ですけど」

大舎卿だいしゃきょうが居ないよね。どこに行ったかな」


 言われて初めて気付いた。

 大舎卿の気配は特殊で、昔の京子よろしく垂れ流し状態だ。けれど今はそれを感じない。


「まぁ、あの人の事だから大丈夫だとは思うけどね」


 久志の言葉に不安を感じつつ、桃也はポケットにしまったお守りを握り締めた。






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