「誕生日おめでとう、桃也」
桃也の背をタンと叩いて、久志が楽しげに鼻歌を歌い出す。曲はハッピーバースデーだ。
京子との一連を全部見られていたと思うと、顔から火が吹き出しそうになる。
「さっきの桃也見てたらさ、男心は複雑なんだなぁって思った。だから自分の事も話したくなったんだ」
「もしかして、彰人が呼んでたのって嘘だったりしますか?」
ふとそんな可能性が頭を過った。久志が『彰人が呼んでいる』と言って、京子はテントへ向かったのだ。
苦い顔で見つめる桃也に、久志が悪気もなく「うん」と答える。
「流石に彼女の居る所じゃ話せないからね」
「マジですか」
「まじまじ」
久志はスッキリした顔でにっこりと目を細めた。
今頃テントでは、京子が困惑している事だろう。
「久志さん、そういうの上手いですよね」
「褒める事じゃないって。好き勝手してるだけだよ」
「なら、久志さんの好きな相手がどんな人だったのか聞いても良いですか?」
この際だから質問してみる。恥ずかしさを相手への興味に変換させると、色々と知りたくなった。今を逃せば、もう一生聞くチャンスは巡って来ないだろう。
思惑通り、久志は照れくさそうに相手の話を口にした。
「綺麗な人だよ。二つ年上で、ちょっと男勝りでさ」
「へぇ。誰もその事知らないんですか? やよいさんや同期の人も?」
「アイツ等に言ったら揶揄われるだけだよ」
仕事の話をしていたから、大昔の話ではないのだろう。
久志は高校時代を本部で過ごし、中国支部の勤務を経て今は北陸支部に居る。
「気になる?」
「まぁ……」
悪戯っぽく笑う久志に敵わないなと思った。
北陸で訓練していた時でさえ、お互いのプライベートを話す仲ではなかった筈だ。
「広島に居た頃の事だよ。曳地さんの妹だからね」
「あ、そうなんですか」
「うん。言っておくけど、あの人とは似てないからね?」
予想外の相手だった。
その一言のせいで、ついコーラを手にした女顔の曳地が頭に浮かんでしまう。
「考えてる顔してる」
「久志さんが言うからですよ。けど、話してくれてありがとうございました」
「気にしないで。僕も良い気分転換になったから」
そしてもう一度フィールドを見渡した久志は、真剣な表情で桃也に尋ねた。
「だいぶ能力者の数が減ってるけど、把握できてる?」
「大体、ですけど」
「大舎卿が居ないよね。どこに行ったかな」
言われて初めて気付いた。
大舎卿の気配は特殊で、昔の京子よろしく垂れ流し状態だ。けれど今はそれを感じない。
「まぁ、あの人の事だから大丈夫だとは思うけどね」
久志の言葉に不安を感じつつ、桃也はポケットにしまったお守りを握り締めた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!