加湿器のタンクを手に、颯太はいつもの調子で「待ってたよ」と京子を迎える。
彼の机に山積みのチョコレートを見つけて、京子は思わず「すごい」と歓声を上げた。
アルガスにはこんなに女子が居ただろうかと思わせる数だ。
競い合うような豪華なラッピングはどれも義理には見えないが、一番上に乗った緑色の小さな袋に何だかホッとしてしまう。京子と同じ3粒のトリュフが入った、美弦のチョコだ。
「俺、一応独身だから」
ラッピングの一つ一つにその本気度が透けて見える。京子は大分少なくなったバスケットから、チョコの入ったピンク色の袋を颯太に渡した。
「私のチョコも混ぜてくれますか?」
「勿論。美弦ちゃんと作ったんだって? 手作りなんて凄いじゃん、ありがとうな」
アルガスに来て間もない彼には、京子のガサツなイメージがまだ付いていないらしい。
タンクを機械に入れるとゴボゴボッと水が充填される音がして、床置きの加湿器が程なくしてシューと白い蒸気を立ち昇らせた。
「いえ。それと、この間はお世話になりました」
「俺、何か世話したっけ?」
「相談の事……」
「あぁ、大したことじゃねぇよ」
前に桃也との事を彼に話した。改めて報告をする事ができず今になってしまったが、彼と別れた事はもうアルガス中に広がっている。
「正直言うと、こうなるんじゃないかと思ってた。けど京子ちゃんが出した答えなら、それが正解だ」
「ありがとうございます。また何かあったら相談させて下さい」
「俺で良かったらいつでもどうぞ。今は気になる奴いないの?」
「いない……と思います」
「ちょっと考え中?」
「どうなんだろう……」
首を捻る京子に、颯太は「そうか」と唇の端を上げた。
「京子ちゃんの周りは男が多いからな。手作りチョコなんて渡したら、逆に勘違いする奴出て来るんじゃねぇの?」
「みんなに同じの配ってるんですよ? そんなことないですって」
「そぉかぁ? 京子ちゃんの事気にしてる奴なら、大喜びだと思うぜ。京子ちゃんにその気がなくても、他と違う事されたって思ったら心臓射貫いちまうかもな」
颯太は胸を撃たれたジェスチャーをして、京子のチョコを山に乗せた。
美弦のと並んだ二つのチョコは、豪華な他のチョコと比べると大分小さく、富士山の頂上を染める雪のようだ。
「デパートの高級チョコはうまいけどさ、そうじゃないだろ? 京子ちゃんにとってはたくさん作った中の一つでも、ここに並ぶとこの二つは特別に見えねぇ?」
「そう……ですか?」
「あぁ。ありがとな」
そう言って颯太は喜んでくれるが、京子にはささやかなチョコにしか見えなかった。
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