20年以上も前の話だ。
「何かあったのか?」
アルガスを出る前日の朝、勘爾さんにそれを聞かれた。
生まれた時からずっと付けていた銀環を外すためにホールへ行って、彼からの第一声がそれだった。ここを出たらもう会う事もないだろう──そんな現実が、蟠った疑問を吐き出させたんだと思う。
勘爾さんが隕石から日本を守り、アルガスが解放されてから2年後に地方の支部が完成して、残留したキーダーがそれぞれに振り分けられた。元々数は少なかったが、俺が抜ければ本部は勘爾さん一人になってしまう。
「仕事押し付ける形になってスミマセン」
「そんなのは構わんよ。ただ、お前はずっとここに居るんだろうと勝手に思っておったんじゃ」
期待されていたと取って良いのだろうか。勘爾さんは普段からあまり自分のことを話さない。
淡々とトレーニングして、真面目に任務をこなしている人だ。
「俺は、そこまでここに執着なんてしてませんよ」
アルガスでの生活が好きな訳ではないが、外の世界を魅力的に感じていた訳でもない。
ここで一生を終えると漠然と考えていた。そこに突然分岐点が現れただけの話だ。
残るか出るかの選択を迫られて、すぐに答えを出す事なんてできなかった。
──『元能力者としての価値が現状を超えられるんだと見込めたら、すぐにでも出て行くよ』
誠にはそんなカッコいいことを言ってみたけれど、実際は優柔不断で決められなかっただけだ。
今まで虐げられてきたキーダーが、外で簡単にのし上がることが出来るなんて思っちゃいない。だから、外へ出る理由をずっと探していた。
「お願いします」
ホールの中央にドンと正座し、銀環の付いた左手を差し出した。勘爾さんに「畏まるなよ」と言われて胡坐に組み替える。
トールになるという事は、それまで能力を抑えつけていた銀環を外す事だ。潜在する能力をゼロにする事を『縛る』と言う。
「言えない理由なのか?」
ヒヤリとする勘爾さんの手に掴まれた感触が、少し前の記憶を蘇らせた。
「別に、ここを出て何か偉業を達したい訳じゃないんですよ。守ってやりたい奴ができたって事です」
「女か?」
「どうでしょうね」
誤魔化すように笑うと、勘爾さんは諦めたように鼻を鳴らしてその後の作業を進めた。
彼はつい先日、アルガスのマドンナ的存在のハナと婚約したばかりだ。彼女は元々別のキーダーの恋人だったが、解放でトールになったその男は彼女を連れていかなかった。
3人の間に何かがあったのかもしれないが、あの無口な勘爾さんが彼女の心を射止めるなんて誰も想像していなかっただろう。
「勘爾さんも、ハナさんと幸せになって下さい」
「……あぁ」
気不味い顔で勘爾さんは笑った。
銀環を外すのはあっという間だ。そこから痛みやら吐き気やらが込み上げてそのまま床の上に倒れた。銀環を外したことで反動が来るのは覚悟していたが、想像よりも酷く次に目覚めた時は医務室のベッドの中だった。
枷を失った手首に何度も触れる。
解放されて嬉しいという気持ちと、霧がかかったような未来への不安が、交互に下りてきた。
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