颯太に「見とけよ」と促されて、修司はパソコンのモニターを横から覗き込んだ。
ハッキリと見覚えのある初老の男と、髪の長い二十歳前後の女性、それに修司より少し年上に見えるメガネを掛けた男だ。
初老の男を指差して「大舎卿?」と呟くと、颯太が「そうだ」と頷いてその顔を拡大させた。
日本人なら誰もが知っている、キーダーの代名詞のような男だ。
二十五年前、監獄と呼ばれていたアルガスの闇を解いたと言われる、隕石から日本を救った英雄だ。
「年末くらいまではアルガスのサイトも結構オープンだったんだけどな。年明けの襲撃事件以来ずっと閉めてる。平野さんも含めて最近バスクからキーダーに移った新人が何人かいるって噂だけど、セキュリティが固くてこれが精一杯だ」
何者かによるアルガス襲撃のニュースを見たのは、ついこの間の事だった。
テレビで流れた映像のうちの一つに、キーダーの制服を着た平野が映っていたという。
襲撃の目的も事件の結末も一般人には伝えられていないが、颯太と修司は犯人はバスクだろうと納得していた。
また同じことが起きる可能性は幾らでもある。
国の定めた厳しい出生検査だが、修司のようなバスクは何人もいるのだ。
国に捕らわれる位なら、真っ向から戦いを挑んで思想を覆そうと思うのだろうか。
逆に考えればキーダーを選んだ場合、その戦いに自分は備えなければならないのだ。
「今日会った女子も含めて、こいつらがお前の仲間になるか敵になるか。どちらにせよ関わってくる奴等だ」
美弦は強くなりたいと言っていた。彼女はバスクと戦うためにそうなりたいと思うのか。
ふと、写真に写る髪の長い女に、美佐子の話が蘇る。
「田母神京子……この人が平野さんを連れて行ったのかな?」
「東北とこっちじゃ管轄が違うから何とも言えねぇな。年末の時点で本部所属だから、襲撃の時は三人とも戦力だった筈だ。生きてりゃいいけどな」
例え国の為に戦って死しても、彼等の名前は誰にも伝えられないのかもしれない。
複雑な気持ちを見透かしてか、颯太はニヤリと立ち上がり「来てみろよ」と修司をベランダへ誘った。
修司はそれを追い掛けて、用意してあったサンダルを引っ掛ける。テーブルが一組置けそうな広めのベランダから見える風景に、修司は「わぁ」と声を上げた。
「ここを選んで正解だろ?」
修司は温い空気をいっぱいに吸い込む。
ここからの風景はどこまでも開けた開放的なものではない。ひしめき合う建物が視界を遮り窮屈さしか感じられないのに、それでも力の気配が全くしないというだけでホッとしてしまう。
颯太は風に乱れる髪をかき上げて、連なるマンションの隙間から覗く街を見据えた。
「東京に来たんだ、覚悟はできてるな?」
ピリと引き締まる空気が流れて、修司は「うん」と答える。
「今までとは全く違う。アルガスの腹ん中に居るようなもんだ。けど、バスクは寸での差でキーダーから逃げられる希みもある。だから、最後まで諦めるなよ」
キーダーとバスクの差なんて想像すらできなかったが、平野が一度だけ誰も居ない山奥で技を見せてくれた事がある。
映画の特殊効果さながらの光にただ圧倒された。
あれと同等の力を身に着けることができれば颯太の話に納得できるが、今の自分では無理かなと思ってしまう。
「伯父さんはアルガスとかキーダーに詳しいよね」
「そりゃよぅ、詳しくもなるさ。大事な甥っ子の為だもんな」
「だろ?」と目を細め、颯太はくるりと身体を回し、褐色の柵に背を預けた。
「俺はさ、お前の父親が嫌いだったんだ。自分が言うのもなんだが、シスコンでよぉ。俺の前からあっさり千春をかっさらっていったんだぜ? それでも好きな奴となら、って許してやったのに、腹がでかいアイツ残して死にやがって。最後の最後まで好きになれなかった」
千春は修司の母親の名前だ。
ダンボールにしまっていた写真がカウンターの上に出ているのを見つけて、修司は「ありがとう」と礼を言う。
水の入った小さなコップと共に、両親の笑顔がそこにあった。
「おぅ。死ぬ前の日に、千春が俺に言ったんだ。悪い役押し付けてごめん、でも、好きなようにさせてやれって。アイツがあの男と結婚したように、俺も運命の選択肢ってのは誰かに委ねるものじゃないと思ってる。だからお前は好きなように選べ。絶対守ってやるからよ」
二人でこんな話をしたのは初めてかもしれない。
母が死んでから一緒に暮らしている伯父は、そろそろ五十歳になる長身の男前だ。
自他ともに認めるプレイボーイな彼の噂は尽きないが、特定の女性との話は聞いたことがない。
「本当ならお前も今日会ったっていう女子みたいに、キーダーとしてアルガスに入る時期だもんな」
「もし伯父さんにも力があったら、トールを選んでた?」
「当たり前だ。身内でもない他人の為に命掛けるほど、俺は出来た神経してないんだよ。少しでも遠い未来を見てから死にてぇんだ。でも、お前は俺じゃないんだからな。いつか答えを出す時の為に、ゆっくり考えときな」
本当にそんな日が来るのだろうか。
答えを保留にしたまま、あっという間に時は過ぎ、気付いた時には上京して三度目の春が過ぎ去ろうとしていた。
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