「あぁ、美味しい!」
昨日からの緊張が、キンと冷えたチューハイに解けていく。
京子は泣きたくなる気持ちを抑えて、唇を缶に押し付けた。
「昨日は飲まなかったんですか?」
「飲んだよ。いつもの店に行ったの。なのに全然酔えなくて……私、他のキーダーの事って知らない事の方が多いんだなぁって思った」
昨日、佳祐に話を聞いた時の衝動が込み上げて、京子はぶら下がる様にフェンスへ身体を預けた。夜風に晒された鉄がひんやりと冷たい。
「佳祐さん、事故で妹さんを亡くしてるんだって」
家族を亡くしたという事実は、桃也にせよ京子にせよ、とりわけ珍しい話ではない気もする。けれどその話をした時に零した佳祐の寂しげな声が耳から離れず、聞かなければ良かったと後悔した。
「それで朝からそんな顔してたんですか」
「そんな顔って」
覗き込んでくる綾斗から顔を逸らして、京子はムッと唇をつぐむ。
「京子さんの事だって、俺は知らない事ばかりですよ?」
「そう……かな? けど私も綾斗の事詳しくは知らないか。こんなにいつも話してるのにね。福井出身ていう事くらい?」
「覚えてました?」
「東尋坊があるんでしょ? この間朱羽と恋歌に行った時、そこのスケッチを見たんだ。怖そうだったよ」
「機会があれば案内しますよ」
「楽しみにしてる。そうだ、綾斗は兄弟居るの? 話したくないなら言わなくていいけど……」
また自己嫌悪に陥りそうな気がして、京子は慌てて手を振った。
少しアルコールが効いてきて、オーバーリアクション気味になってしまう。
「別に隠す事もないですよ。二つ上の兄と、中学生の双子の妹が──」
「えっ、そんなに?」
「四人兄妹なんて、向こうだとそんなに驚く事じゃないんです」
「へぇぇ。そうなんだ」
京子は実家に居た頃を思い返してみるが、三人は結構いたものの、それを超える人数の兄弟がいる知人は一人しか思い出せなかった。
「それより」
綾斗がゆっくりとチューハイを飲んで、そう切り出したまま黙った。
沈黙が長引いて京子が「綾斗?」と見上げると、彼は「はい」と少し諦めたように目を細める。
「桃也さんにサードから声掛けが来てるって話を聞きました。京子さんはどうするんですか?」
「綾斗も知ってたんだ。誰に聞いたの?」
「内緒です」
見守るような綾斗の視線に、京子はぎゅっと唇を噛んだ。彼の前でその話をしたら、泣いてしまいそうな気がしたからだ。
必死に衝動を堪えて、京子は「分かんないよ」と首を振る。
「私は、もっと側に居たいって言ったんだけど……」
あれからまた色々あって、自分でも良く分からなくなっていた。
「それで良かったのかな……一緒になる事はゴールだと思ってたのに、会えなかった時間が長すぎて、その目標だけが独り歩きしてる気がする。ムキになって空回りしちゃってるんじゃないかって」
桃也に『俺に任せて』と言われたこと。
駅で出会った忍に『やめた方が……』と言われたこと。
そして、長官の誠に『桃也君の所に行っても構わない』と言われて、断ってしまったこと。
──『ただ──アイツを、キーダーのままで居させてやって欲しい』
それぞれの言葉が絡まって、きちんと一つの答えを導き出してはくれない。
──『全てを捨ててまで彼と居たいなら、行くべきだと思う』
「自分の気持ちに素直になれてるのか、意地張ってるのか分からなくて」
「側に居たいって言ったのがその時の気持ちなら、後悔なんてしなくていいと思いますよ」
「けどね綾斗、私はこの仕事が好きなんだよ。だから迷ってるの」
「──そうなんですか」
驚いたように眉を上げて、綾斗がそっと微笑んだ。
彼にこんな話をしていいのかとも思う。いつも相談相手として返事をくれる綾斗は、今何を考えているのだろうか。
彼の気持ちをきちんと聞いたことはないけれど、今こうして桃也の話をする事に少しだけ胸が痛む。
「ありがとね」と京子は残りのチューハイを飲み干した。
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