「松本君、お疲れ様。会いに来てくれて嬉しかったよ」
横たわる松本の手を解いて、宇波が細く開いた彼の瞼を掌で閉じた。
スゥと松本の気配が消えていくのが分かって、美弦は自分の胸をぎゅっと抑える。
「ヒデちゃん、誠ちゃんと仲良かったもんな」
浩一郎が松本に笑みを落とした。
改めて見る松本の身体は、全身が傷だらけの血塗れだ。ついさっきまで戦っていたのが嘘のように、穏やかな顔をしている。
大舎卿が施設員から受け取った毛布を彼の首元までそっと被せると、宇波がそこに居るキーダーを見渡して小さく笑って見せる。
「ホルスの人間で居る事に拘った松本くんの想いを、私は見届けないとね」
「向こうへ行くつもりですか?」
「えぇ。護衛を頼みますよ」
平野は目を丸くしつつも長官の意向には逆らえず、「分かりました」と苦い顔で頷いた。宇波が戦地へ赴くとなれば、それなりの人数が居るだろう。
美弦は同行させて欲しいと思うが、回復が万全だとは言い難い。向こうは敵の数こそ減っているだろうが、忍が何をしでかすか予想が立てられない状況だ。
「私がここに残ります」
「いや、わしが残る」
遠慮しなければならない気持ちを、大舎卿が遮った。
「行きたいじゃろ? さっきヒデに言われた事、綾斗に伝えてやれ」
「いいんですか?」
「行ける体力が残っておるのならな」
「行けます!」
キーダーとして現地へ行かぬまま終わらせたくなかった。
「無理するなよ」と気遣う平野に「はい」と返事して、美弦は「ありがとうございます」と全員へ向けて頭を下げた。
「けど、勘ちゃんもいけば? 俺が残るよ?」
「お前はせがれにきちんと説明して来い」
「そっちの理由かよ」
浩一郎は面倒そうな顔をしつつ、「分かったよ」と後ろに居た施設員に車の手配を任せた。ヘリは目立ちすぎるだろうという理由で、陸路を選ぶ。
大舎卿が「おい」と田中を呼んだ。
「お前は先に美弦を向こうに連れて行ってやってくれんか?」
「分かりました」
「宜しくお願いします!」
美弦は最後にもう一度松本を振り返る。
安らかな顔に手を合わせ駐輪場へ走る田中を追い掛けると、ふと長官室の前で聞いた話を思い出した。
──『今回の事が落ち着いたら、九州へ行かないか?』
宇波から異動命令を受けた綾斗は、この戦いが終わったら遠い地へ行ってしまうのだろうか。
急に不安が込み上げて、美弦は小さく唇を噛んだ。
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