夕方になって、朱羽から電話が掛かって来た。
戦いが終わるまでアルガスで過ごそうと思い、一度着替えを取りにマンションヘ戻る途中だった。
10月に入って、少しずつ日が短くなっていくのを実感する。赤く染まった西の空を見上げて、京子は「はい」と通話ボタンを押した。
「掛かってくるような気がしてたよ」
『流石。私の事、分かってるじゃない』
朱羽の同期になって8年が過ぎた。その殆どを彼女はあの事務所で過ごしているが、これ以上の相手はいないと思える程、お互いを知り尽くす関係だと思っている。
今回の事もあって、朱羽は戻りたいと考えているのかもしれない。
『聞いたわよ、いよいよ始まるって』
「覚悟決めたの?」
試すように問うと、朱羽は少し黙って『ううん』と否定する。
『その覚悟が決まらないのよ。行かなきゃって思うのに』
戦いに加わる事は、もう事務所には戻らないという事なのかもしれない。
そんな事はしなくても良いと、長官の誠は言うだろう。けれど前にマサに言われた言葉が、きっと彼女にこびりついている。
──『外に居るお前を当てにはできねぇんだよ。こっちで働きたかったら戻って来い』
「龍之介くんの事?」
『それもあるのかな。けど、今更って気持ちもあって……ごめんなさいね、こんな中途半端な気持ちで連絡しちゃって』
「いいよ。私も全然落ち着かなくて」
『戦いを控えているんですもの、普通でなんか居られないわよ。私も京子みたいになれればいいのに』
「どういう意味? 朱羽は行かなきゃなんて思わなくて良いから、来たくなったら来て。まぁその前に、朱羽の力借りなきゃいけない位に切羽詰まった展開だってあるかもしれないけど」
前にも朱羽とこんなやり取りがあった。彰人が父親の浩一郎とアルガスに襲撃を掛けた時だ。
あの時は彼女の手を借りずに収めることが出来たが、今回がどうなるかは分からない。
『その時は駆け付けさせて。必ず行くから』
「ありがとう、朱羽」
前向きな言葉に礼を言って、京子は駅に入る。
朱羽はあと一歩踏み込むチャンスが欲しいのかもしれない。
「そろそろ電車来るから、またね」
『えぇ。無事でいるのよ?』
「分かってるよ。あ、マサさん今夜本部入りするって」
『──了解』
『え』と小さく戸惑う声がした後、朱羽は平常心を振る舞う。
マサの話をするといつも赤面していた彼女が遠くなってしまった気がして、少し残念だと思ってしまった。
京子は「じゃあね」と通話を切ってマンションを目指す。
また昔のように朱羽と肩を並べて訓練できたら良い──そんな事を考えて、京子はクローゼットの奥の棚を開いた。
赤い石は勝利を呼ぶのだと言って、朱羽から誕生日に貰ったネックレスを手に取る。出陣には丁度良いだろう。
けれど、そこにあったのはそれだけじゃなかった。
桃也に貰った指輪を入れておいた事をすっかり忘れていた。
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