敵の気配をすり抜けて、廃墟のショッピングモールに入り込んだ。
メインの入口は木が打ちつけられているが、他はガラスの抜けている場所も幾つかあってセキュリティも乏しい。照明のない闇に耳が詰まりそうな感覚に捕らわれて、京子は数歩踏み込んだところで足を竦ませた。
建物の外で戦闘が起きている事は感覚で分かるが、音がくぐもってだいぶ遠くに感じる。
「忍……さん?」
彼と話をしたいと思う。勿論、必要ならば戦う覚悟だ。
意欲満々に彼を追い掛けて来たが、暗闇はあまり得意ではなかった。ここまで来て引き返す気はないが、視界を覆う深い闇に歩幅が狭くなってしまう。
忍がどこに居るか当てはなく、京子は少しずつ慣れてきた目を凝らしながら前へと進んだ。
まだ閉鎖される前に何度かここには来ているが、かつての記憶と大分違って見える。
「誰かいるの?」
近い場所に人の気配はない。
半年以上放置された建物の内部は、最近雨が多かったせいかカビの匂いがする。売り場は撤去され物は殆ど残っていないが、幾つかの什器はそのままになっていた。
廃墟マニアか何かが入り込んでいるらしく、壁にはスプレーで描かれた落書きも少なくない。
「荒れてるな」
京子は綾斗の趙馬刀の柄を片手に、闇をすり足で進んでいった。
忍は確かにこの中へ入った。それは何の為だろうか。
他の仲間が控えていたら厄介だと思った所で、止まったままのエスカレーターに差し掛かる。
「上? それとも真っすぐ?」
見上げる先はやたらに暗い。建物は三階まであり、一人の人間を探すには気が遠くなるほど広かった。
正解を運に任せてエスカレーターに乗り、ギイと響く音に「ひゃあ」と声を上げる。
いっその事、歌でも歌えば向こうから来てくれるかもしれない──そんな事を考えて、そっと口ずさんだのはアイドルグループ・ジャスティの新曲だ。
この間修司と仕事で出掛けた時に、彼が『ライブまでに覚えなきゃいけない』と繰り返し歌っていたメロディが耳に残っている。
緊張しながらリズム良くエスカレーターを上り、2階フロアに着いたところで自分の足音に別の足音が重なった事に気付いた。
「!」
止まってしまいそうなくらいに心臓が大きく跳ねて、京子は息を呑む。
吹き抜けになった天井から月明かりがさし込んで、青暗い闇が広がっていた。辺りに目を凝らすと、店舗が並んでいたスペースに一台のベッドが取り残されていて、腰掛けていた彼がニッコリと立ち上がる。
「ヘタな歌」
忍の声が廃墟に響いた。
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