スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

332 とある電話

公開日時: 2025年1月12日(日) 09:48
文字数:913

 美弦みつるの返信を確認して、修司しゅうじはスマホを枕元に放した。

 ずっと横になっているせいで目はえている。狭い病室で特にする事もなくぼんやり天井を見つめると、側の丸椅子に腰掛けていた龍之介りゅうのすけが唐突に話を始めた。


朱羽あげはさん、あの事務所を畳んでアルガスに戻るんだそうです」

「畳む? それって正式にキーダーの仕事をするって事?」

「そうみたいです。俺はクビになっちゃいました」

 

 龍之介は力なげにうなずく。

 彼が朱羽の事務所でバイトを始めて一年が過ぎた。突然の解雇かいこに納得できないというよりは、状況を受け入れ切れずにいるように見える。


 朱羽が今までやってきた仕事は、元々アルガスの施設員が本部でしていたものだ。それを彼女が半分請け負っている。もし本当に本部付きのキーダーになるのなら、訓練や任務と事務仕事の両立は難しいだろう。


「お前は辞めてどうすんの? 大学は受けるんだろ?」


 龍之介は高校三年生で、修司は浪人生だ。ここの所思うように勉強できていなかったが、『受験』という言葉を口にした途端、急に現実味が増してくる。

 焦る修司をよそに、龍之介が「はい」と目を細めた。


「大学に行って、卒業したらアルガスで働きたいと思ってます。キーダーじゃなくてもまた戻ってこれたらと思って」

「いいんじゃねぇの? お互い受験頑張ろうぜ」

「はい!」


 太い眉を上げて破顔する龍之介につられて頬を緩めると、枕元のスマホが音なく震え出す。彰人あきひとからの着信だ。

 修司はハッと飛び起きて、恐る恐る通話ボタンを押した。


「はい、保科ほしなです。どうしましたか?」

『修司くん、体調はどう?』

「平気です! 今すぐにでも戦いに戻れますよ」

『そんな急がなくて良いよ。流石にもう少し休んだ方が良いと思うし』

「──ですよね」


 緊迫した様子もなく、いつも通りの彰人だ。しかし彼が感情的になる場面も相当まれなシチュエーションだ。


『けど、もし体調が良いならと思ってさ。ちょっと抜け出して来ない?』

「抜け出すって、病室をですか?」

『うん。律の顔、見に来る?』


 一瞬耳を疑って、修司は「はい!」と大きく食い付いた。

 側にいた龍之介が「うわぁ」と驚く声量でだ。


「会いたいです!」


 これが何度目の最後か分からない。

 ただ、それ以外の返事を考える事ができなかった。




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