美弦の返信を確認して、修司はスマホを枕元に放した。
ずっと横になっているせいで目は冴えている。狭い病室で特にする事もなくぼんやり天井を見つめると、側の丸椅子に腰掛けていた龍之介が唐突に話を始めた。
「朱羽さん、あの事務所を畳んでアルガスに戻るんだそうです」
「畳む? それって正式にキーダーの仕事をするって事?」
「そうみたいです。俺はクビになっちゃいました」
龍之介は力なげに頷く。
彼が朱羽の事務所でバイトを始めて一年が過ぎた。突然の解雇に納得できないというよりは、状況を受け入れ切れずにいるように見える。
朱羽が今までやってきた仕事は、元々アルガスの施設員が本部でしていたものだ。それを彼女が半分請け負っている。もし本当に本部付きのキーダーになるのなら、訓練や任務と事務仕事の両立は難しいだろう。
「お前は辞めてどうすんの? 大学は受けるんだろ?」
龍之介は高校三年生で、修司は浪人生だ。ここの所思うように勉強できていなかったが、『受験』という言葉を口にした途端、急に現実味が増してくる。
焦る修司をよそに、龍之介が「はい」と目を細めた。
「大学に行って、卒業したらアルガスで働きたいと思ってます。キーダーじゃなくてもまた戻ってこれたらと思って」
「いいんじゃねぇの? お互い受験頑張ろうぜ」
「はい!」
太い眉を上げて破顔する龍之介につられて頬を緩めると、枕元のスマホが音なく震え出す。彰人からの着信だ。
修司はハッと飛び起きて、恐る恐る通話ボタンを押した。
「はい、保科です。どうしましたか?」
『修司くん、体調はどう?』
「平気です! 今すぐにでも戦いに戻れますよ」
『そんな急がなくて良いよ。流石にもう少し休んだ方が良いと思うし』
「──ですよね」
緊迫した様子もなく、いつも通りの彰人だ。しかし彼が感情的になる場面も相当稀なシチュエーションだ。
『けど、もし体調が良いならと思ってさ。ちょっと抜け出して来ない?』
「抜け出すって、病室をですか?」
『うん。律の顔、見に来る?』
一瞬耳を疑って、修司は「はい!」と大きく食い付いた。
側にいた龍之介が「うわぁ」と驚く声量でだ。
「会いたいです!」
これが何度目の最後か分からない。
ただ、それ以外の返事を考える事ができなかった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!