白い息を吐きながら彰人が戻って来た。
淹れたてのコーヒーを片手に、朝食のテーブルを三人で囲む。少し冷めてしまったベーコンエッグにサラダ、そして焼きたてのトーストにコーンスープまで、全部平野が用意してくれた。
「どれも美味しい。平野さん、ありがとうございます!」
「こんなんで喜ばれるとはな。普段家で何食ってんだ?」
「まぁ、適当に……」
ここ最近は早めに本部へ行き、基礎訓練をした後に食堂でご飯を食べるのが、京子の朝のルーティンになっていた。本部の宿舎で寝泊まりする学生組の三人とは時間がズレるせいで、のんびりとした朝の時間を過ごしている。
仕事がオフの日は朝食をとらない京子にとって、目覚めた部屋で食事するのは新鮮だった。
「僕もあんまり食べないかな。良くないのは分かってるんだけど、ついね」
「お前等、若いんだからしっかり食えよ? 空腹のまま事件に巻き込まれても知らねぇからな?」
「はぁい」
呆れ顔で窘める平野を前に、京子は彰人と顔を見合わせて笑う。
「ところで彰人くん、支部に行ってたんでしょ? 早かったね」
「そうでもないよ。行きはタクシー使ったけど、帰りはのんびり歩いてきたから」
「結構距離あったと思うけど、昨日ちゃんと寝れた?」
「寝れたよ。本部から一時間くらいかかったけど、歩くのは好きだから」
「そっかぁ」と京子は自家製ジャムをたっぷり塗ったトーストをかじった。
京子が夕べ羊を数えた無駄な時間を考えると、彼との睡眠時間は同じくらいなのかもしれない。
「監察は相変わらず忙しいのか?」
「そうですね。やっぱりホルス関連の調査が増えてますから──まぁ、成果は三割あるかないかってトコですけど」
「仕方ねぇ事だろ?」
早々とコーヒーを飲み干した平野が、コーヒーメーカーからポットを外してくる。京子と彰人のカップに中身を足して、残りを自分の所に注いだ。
「ホルスかぁ。まだまだ実態が見えないよね」
アルガスとホルスは対極の組織だ。ホルスは能力者が銀環を付けて国の言いなりになる事を拒絶して、キーダーを救いたいという理念で活動をしている。
「本当の敵が誰かなんて分からねぇからな。知らねぇ奴に菓子くれるからって誘われても、付いて行くんじゃねぇぞ?」
「菓子って。私、子供じゃありませんから!」
「例え相手が仲間でも気を許すなってことだ」
「平野さん、それって──」
「頭に入れといた方が良いだろ? 味方だと思ってた奴が敵だったなんて話、ザラにあるぜ? 彰人だってそういう仕事してるもんなぁ?」
「まぁ、そういうことですね」
彰人は監察員の中でも潜入捜査に長けている。バスクのふりをして安藤律に近付いたのは、去年の春の事だ。
気まずそうに眉をしかめる彰人は、あまりその話題に触れて欲しくないようだ。けれど平野はお構いなしに話を続ける。
「アルガスにも、銀環を良く思ってない奴が居るって事だよ」
「キーダーの中にホルスと通じてる人がいるの?」
思わぬ話に京子は半分かじったトーストを皿に戻して、テーブルの上に身を乗り出した。
彰人は「調査中だけどね」と苦笑いする。
「まだハッキリしていないことだらけで、アルガス内でも公表は限られてるから」
「ホルスの信念なんてのは置いといて、銀環するのが嫌な奴は居るだろうな。俺だって好きで付けてるわけじゃねぇし」
平野は彰人の手首を見て溜息をついた。彰人の銀環は久志が作った特別仕様で、着脱が可能になっている。スパイをする彼の仕事と実績を考慮してのものだ。
「そんな……」
全国でキーダーは20人も居ない。
のんびりとした朝食タイムが急に深刻なムードになって、京子は彰人をそっと振り返った。
「京子ちゃんだって強いんだから大丈夫だよ」
彼は楽観的に話すが、京子の心臓は不安に脈を打つばかりだった。
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