「松本さん……どうして仲間を殺めようとするんですか?」
光の合図でホルスの戦闘員がフィールドに雪崩れ込んできて、キーダーはその数を減らすのに必死だった。
彼等は敵だが、無駄に殺すつもりはない。なのにその戦闘員の命を松本が呆気なく奪ったのだ。
微睡んだ顔でクスリと笑い、松本は後悔のかけらも見せない。
「金だけで雇われてる奴ってのは、土壇場に立たされると命が惜しいって言いだすんだ。そんなの契約違反だろ? キーダーは隕石が降ってきても飛び出して行かなきゃならないのにな?」
「……そうですね」
キーダーにとっての高額な給料と名誉は、最前線に立つ覚悟との引き換えだ。
「けど、俺だって命を捨てるつもりでキーダーをやってる訳じゃありませんよ」
「負ける気もないって顔してんな。自惚れる程の実力……か。確かに隕石が降ってきた時も、勘爾さん以外のキーダーはのんびり様子見てたっけな」
黙る綾斗を覗き込んで、松本は「俺も含めてな」と足元に転がる戦闘員を一瞥する。もう既に息はない。
『勘爾さん』こと大舎卿が隕石から日本を救ったというのは有名な話だが、当時在籍した他のキーダーについてはあまり聞いたことが無かった。
「別に隕石が怖かった訳じゃないぜ? 勘爾さんが行かなかったら誰かがやってた──それだけだ。だからアルガス解放へと導いてくれた勘爾さんには誰も頭が上がらないんだよ」
「松本さんはアルガスの敵なんですか、味方なんですか……?」
アルガスに居た頃の事を飄々と話す松本に困惑する。
彼は前に駅で会った時、戦いは組織の為じゃなく誰かを守るためだと言っていた。
「少なくとも敵なんじゃないか? バーサーカーがもう一人いるって知ってから、アンタときちんと戦わなきゃならないって思ってたんだよ」
互いに少しずつ距離を詰めて、綾斗はふと彼の顔に見入る。松本から血の匂いがしたからだ。
大きな怪我をしている様子はないが、上着の袖が黒く汚れている。
「吐いた……?」と呟いて、綾斗は唇をぎゅっと結んだ。相当具合が悪いのかもしれない。
松本と戦う覚悟はしてきた。けれどベストコンディションとは言い難い様子に躊躇してしまう。
だがそんな不安をさらうように、松本が「やろうぜ」と綾斗を誘った。
「良いんですか?」
「敵の心配なんかするなよ。ラッキーだと思えばいいだろ?」
「そう……ですけど」
かつての律がそうであったように、瀕死の能力者は暴走を引き起こす可能性が高い。前例はないが、バーサーカーの暴走となれば被害はさらに大きくなるだろう。
もし最悪の状況となれば、境界線など関係なく辺り一面が吹き飛んでしまう。
「空間隔離を使っても良いんですよ?」
「できんの? けど要らねぇよ。俺の事止めてみな」
ずば抜けて高いバーサーカーの能力値を攻撃に全振りして良いのか悩んで、彰人に隔離壁の生成を習った。攻撃に攻撃で対抗するよりも効率が良く、自分へのダメージも抑えられる。
空間を丸ごと囲わなくても応用は無限大だ。
「分かりました」
緩んだ眼鏡を眉間に押し付けて、綾斗は心を決める。
ここが温存した体力を使い切るタイミングだ。
熱波を浴びせられたようなドンという空気の圧力が迫って、綾斗は能力を開放された。
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