スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

366 降参するって事ですか?

公開日時: 2025年3月22日(土) 10:54
文字数:925

 戦闘力は五分五分で、疲労のレベルも多分変わりない。

 残りの力の配分が勝敗に繋がるのは分かっているが、手を抜く余裕は一ミリもなかった。


 後ろへけた足を踏み留めて、正面から襲ってくる光を趙馬刀ちょうばとうで受け止める。間髪入れずに飛び込んで来た忍の拳がストレートに京子の肩を突いた。


「くっ」


 鍛え方に手を抜いているつもりはないが、それでも身体能力の差は否めない。

 一発の重みが全身に響き、痛みをこらえて趙馬刀の刃を下から振り上げた。


 忍は上半身を反らせて直撃を回避する。彼の髪がハラと舞い、ほおに付いた傷が赤く血を落とした。けれど本人は気にもしない様子で足を振り上げる。


 京子は蹴りをかわして跳び上がり、空中で態勢を整えた。

 少しだけ広がった間合いに、忍が「やるじゃん」と笑う。


「松本は能力者なのに格闘技が好きでさ、俺もたまに相手してたんだよ」

「…………」


 普段ならこの程度で疲れる事はないのに、もう息が上がっている。寒空に吐き出す息が白く空気を濁らせた。

 やはり能力の使いすぎを否定できない状況だが、観覧車に閉じ込められるような前轍ぜんてつを踏むわけにはいかない。

 警戒しながら攻撃を構えると、忍が「ねぇ」と京子を呼んだ。


「さっきも言ったけどさ、俺は君を殺せない。だから俺を殺してよ。それで終わりにしよう?」


 忍は指の腹で頬の傷を拭い、両手を胸の前に広げた。


「降参するって事ですか?」

「京子が相手ならね」

「無防備な相手を一方的に殺すなんてできません」


 それがキーダーのセリフとして正しくはないのかもしれない。

 たとえ相手が敵だとしても、この状態で『はいそうですか』と斬りかかるのは躊躇ちゅうちょしてしまう。


「手順を追わなきゃダメ? 意外と面倒臭いんだね」

「…………」


 遠くから見張る綾斗あやと一瞥いちべつして、そこに桃也とうや彰人あきひとが居る事に気付いた。

 彼等に声は届かない。

 言われるまま終わらせる事もできず、京子は忍をじっと睨んだ。


「そんな顔しないでよ。じゃあさ、ちょっと話をしてもいい?」

「話……?」

「京子と居たらさ、最初に会った頃が懐かしいなと思ったんだ」


 忍は少し困った顔をして、一方的に話を始める。

 彼との出会いは今からちょうど一年前だ。

 

 ──『ねぇ君、フラれたの?』


 最初に掛けられたそんな言葉を思い出して、京子は小さく唇を噛んだ。








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