「可能性の話をするよ」
忍と京子の戦闘を見守りながら、彰人が唐突にそんな事を言う。
「何だよ」
「もしあのまま彼が暴走を起こしたらどうする?」
「…………」
『暴走』という言葉に拒否反応すら覚えるが、現実味がないかと言えばむしろ確率は高いような気がしてしまう。
桃也は戦闘中の2人をじっと睨んだ。
京子たちは急に大人しくなって何か話をしているが、内容までは分からない。
「もしそんな事になったら、俺は京子さんを守ります」
「はぁ?」
冷めた顔で言い切る綾斗に苛立って、喧嘩腰に声を上げてしまう。そこから言い合いになるのを彰人に注意されるまでが、パターンになりつつあった。
「キーダーとしては桃也の保護を優先させるべきだと思うけどね」
「俺は別に……」
自分を先に助けろと主張したい訳じゃない──桃也のそんな気持ちを無視して彰人は話を続ける。
「京子ちゃんだって守られる立場じゃない事は承知してるだろうし、実力だって兼ね備えてるよ。けど、だからこそ入念に行くべき。桃也は僕が守るからね」
「はぁ? 俺だって自分の事くらいどうにかできるぜ?」
「君が抜けた穴は他人に埋めることはできないんだよ。こんな時くらい大人しくしててくれる?」
彰人の厳しい口調に従うしかなかった。
廃墟に入る時にした『彰人の言う事は聞く』という条件を無下にはできないからだ。
桃也は「分かったよ」と答えて戦闘に集中する。
「アイツ、余裕ぶっこいてんじゃねぇか?」
京子も忍も疲労度は高めに見えるが、忍が一ミリたりとも気配を乱していないのが気になる。
ホルスとして戦えるのは、今じゃもう彼一人だろう。
もし同じ立場ならと自分を重ねると、最後までやり切る以外の選択肢は考えられなかった。自分一人が助かる為だけに降参するなど意味がない。
桃也は前のめりに集中する綾斗を振り向いた。
「綾斗、お前はどう思う?」
「『大晦日の白雪』では、中心から半径80メートルの風景が跡形もなく消えています。けど、人間はその形のまま残ってるんですよ。全員が亡くなる訳でもない。毎回それに当てはまるとは言い切れませんが、期待はできるのかもしれません」
淡々と話すのは綾斗なりの配慮だろう。それでも過去の風景が一瞬頭を過って、桃也は頭を押さえた。
「あの男は本気でやるのか──?」
「テントまでは距離があるんで、例外のようなことが起きなければそこまでの被害にはならない筈です」
「一応向こうにはメールしておいたけど、僕たちが一秒でも早く動かないとね」
彰人がスマホで素早くメッセージを送信し、桃也と綾斗が『了解』と声を合わせた。
追い詰められた忍が『暴走』という手段を選択することは、予測できない事じゃない。ただ、そうならない可能性に賭けたかった。
けれど──
「忍さん──?」
京子の声が響いて、その瞬間はやって来る。
「マジかよ」
白い光が視界を覆うのと同時に、綾斗と彰人が途端に気配を強めた。
桃也は愕然とする気持ちを抑えつけて、差し出された彰人の手を掴み取った。
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