スラッシュ/

キーダー(能力者)田母神京子の選択
栗栖蛍
栗栖蛍

302 オッサンの戦い

公開日時: 2024年11月13日(水) 09:10
文字数:1,562

 ──『キーダーなんてなりたくなかった』


 少しでも遠い未来を見てから死にてぇんだ──それが元キーダーである颯太そうたの口癖だ。

 だからアルガス解放で元能力者トールという選択肢が与えられた時、彼は真っ先にそれを選び銀環ぎんかんを外した。


「なのに何で! 駄目だよ、伯父さん!!」

「カッカすんなよ。俺は俺にできる事をしてるだけだぜ」


 境界線を越えて修司しゅうじの前に現れた颯太は、手にはさすまたを持ち、白衣を脱いだ姿に再び銀環を付けている。

 トールだった筈の彼に能力の気配を感じる理由など、一つしか浮かばなかった。「何でだよ!」と訴える声が涙を含む。

 

「キーダーじゃないの? 力はあるみたいだけど?」


 そんな二人のやり取りを笑うのはしのぶだ。

 修司との戦闘で構えた手を一旦いったん下ろすが、態勢は崩さない。隙などまるでなかった。颯太が広げた間合いなど、油断すれば一瞬で詰められてしまうだろう。


「キーダーだぜ、臨時のな。アンタらの薬を使わせてもらったんだ。けどよ、一錠じゃすぐ薄まっちまうんじゃねぇの?」

「その言い方はトールだったって事かな? そうだね、1錠なんて一瞬だよ。個人差はあるみたいだけど」

「だろ?」


 颯太は「だから気にすんなよ」と振り返り、前に出ようとした修司をさすまたので後ろへ押し戻した。


「病院送りにされたくなかったら大人しくしてろ」


 ホルスの薬がトールの為に作られたものだと知って、片っ端から聞き込みを入れるという話が出た時、トールのリストに颯太が入っていたのは事実だ。けれど能力を望まない彼が薬を飲む未来など想像もしなかった。


「気にするよ! 力がすぐ消えるだろうとか憶測だけで行動して、何かあったらどうするんだよ!」


 フラついた松本や銀次ぎんじの姿がどうしてもチラついてしまう。幾ら颯太がトールで1錠だけ飲んだとは言え、薬の影響はゼロではないと思う。

 ずっと流れる涙が止まらない修司に、颯太は「いいんだ」ときっぱり告げた。


「それでも俺は後悔しない。俺はキーダーとして生きるのが嫌だった。長生きしたいってずっと言ってきたから、今お前を困らせてるんだよな? けどよ修司、お前を守る為なら俺が銀環を付ける事くらいでもねぇんだよ。お前を死なせら、お前の親の墓に顔向けできねぇじゃねぇか」

 

 颯太の言葉に、修司の後悔が募る。

 彼の言う事を聞いてベッドに寝ていれば、颯太は薬を飲まなかっただろう。


 「へぇ」と眺める忍は攻撃こそしてこないが、面白がっているようにしか見えなかった。話の内容で二人の関係はバレているだろう。


「伯父さん……」

「威勢よくテント飛び出して来たくせに、弱っちい声出すなよ。妄想で殺されちゃたまんねぇだろ? 俺は死ぬ気なんてないからな?」


 颯太はさすまたを両手に構えて力を込めた。白い光が手元から二股に割れた先端まで走り抜け、バチバチと火花を弾かせる。


「ただ、オッサンの体力には期待すんな。キーダーみたいな訓練はしてねぇから、近所のジムに通ってるくらいだと思えよ?」


 そう言って修司の反応も待たずに颯太は忍に戦いを挑む。何十年ものブランクを感じさせない素早さに、忍も「いいね」とテンションを上げて攻撃を仕掛けた。

 互いにどこまで本気なのかは分からないが、修司は食い入るように二人を見つめる。さっきまで暗かった建物裏の風景が、白い光で昼間のように明るかった。


 忍は小柄な方で、長身の颯太とは体格がまるで違う。けれど短いリーチをウイークポイントに思わせない素早さで、颯太の動きを搔き乱していく。


「すげぇ」


 修司は高まる興奮に、飛び込んでいきたい気持ちを抑えるのに必死だ。

 そのせいで、背後に彼が立った事に気付くことが出来なかった。


「オッサンが戦ってると思ったら、颯太じゃねぇか」


 気の抜けた声で伯父の名を口にする声に戦慄せんりつする。

 声の主が分かったからだ。ついさっき戦った記憶が蘇って、修司はガクガクと足を震わせた。









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