地上に出ると、まだ午後の一時を過ぎたばかりだった。
午前診療の患者が会計のあるロビーにごった返している。
さっき下りたタクシープールに並び、綾斗はあまりにも平和な日常の風景をぼんやりと見渡した。つい5分前に居た地下の空気を異世界か何かのように感じてしまう。
そんな心境を汲み取ってか、隣で彰人がクスリと笑った。
「地下があんなことになってるなんて、誰も思わないだろうね」
「ここの職員は知ってるんですか?」
「理事長とタメ口で話せるくらいの人間だけかな」
「それはだいぶ限られますね。けど本当に連れて来て貰って良かったです。ありがとうございました」
綾斗は改めて頭を下げた。
限られた時間の中で、律は敵であることを割り切って空間隔離の話をしてくれた。
質問する隙もない程に詰め込まれた内容は、綾斗にとって今までの訓練を覆すものだ。自己流の限界を突き付けられた気分だった。
音として聞いた情報を、早く試してみたいと思う。
「僕も様子見に来るついでだったし、構わないよ。さっきはああ言ったけど、彼女に戦いの話をしたのは僕と桃也の意向なんだ。律はいつになっても高橋の呪縛を抜けられないからさ」
「呪縛……? けど本当に情報を置いて俺たちがここを離れてもいいんですか? 彼女は──」
「ホルスだよ。けど、構わない」
話し終える前に彰人が答える。
「彼女は敵だけど、無関係な人間を巻き込みたいなんて思う人じゃないよ。ここの護兵にも彼女が逃げたら追わなくていいって言ってある。空間隔離を大事だと言い切れるあの性格に賭けてるって所かな。こっちの人数に余裕がないってのも理由だけどね」
「賭け──ですか。けど確かにそうですよね」
アルガスは慢性的にキーダー不足だ。やよいと佳祐を失ったダメージは大きい。
だから数の話をされるとそれ以上は言えなかった。
「逆にキーダーを置いてしまえば戦いは避けられないでしょ? 無駄な犠牲なんて出してもマスコミが喜ぶだけだから」
「逃がすって事ですか。彼女は来ると思いますか?」
「来て貰わないと困るんだよ」
進んだ列を詰めて楽しそうに語る彰人は、最初から彼女と戦うつもりだったのかもしれない。
「敵も大分強そうだからさ、僕たちも相当本気で行かないとね」
「ですね」
バーサーカーの力は強い。けれどそれは一瞬だ。
百の力を使ってしまえば、その後の戦力にはならない。どこまで温存するか、どう使うか──その可能性を増やすためにここへ来た。
ようやく順番が来て、滑り込んだタクシーの後部座席に乗り込む。
「国道を北へお願いします。ちょっと遠いんで、誘導させて下さい」
てっきり駅へ戻るのかと思ったが、彰人は慣れた様子で別の行き先を告げていく。走り出したタクシーが向かうのは、駅とは逆の方向だ。
「どこ行くんですか?」
「訓練場だよ。やりたいって思ったでしょ?」
「はい!」
顔に出てしまっていたのか、心を読み取られたのか。綾斗は飛び付くように返事する。
20分程走った先に現れたのは、アルガスの所有する開けた平面の土地だ。
そこで彰人と秘密の特訓をした。
律からの助言を叩き込んで、空間隔離を生成する──思うようにはいかなかったけれど、今まで一人でやっていたより10倍は前に進めた実感があった。
「じゃあ、僕はここまで。綾斗くんならこの先を繋げられる筈だよ。ここからが能力の差だからね、本番は楽しみにしてるよ」
すっかり暗くなった空の下、帰路の新幹線で彰人が満足そうに微笑んだ。
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